アンドレアス・ストレーラ リュヌ・エグザクト 世界で最も正確なムーンフェイズと合わせる機構

 By : CC Fan

3年越しのアンドレアス・ストレーラ実機特集、今回はギネスワールドレコーズ(ギネスブック)で「世界一正確なムーンフェイズ」と認定されたムーンフェイズ機構と、それを正確に合わせるためのムーン・バーニア・スケール機構についてレポートします。

ルモントワール・デガリテを搭載したソートレル(Sauterelle)シリーズの1バリエーションとしてムーンフェイズを追加したソートレル・リュヌ・パーペチュアル(Sauterelle à lune perpétuelle)が開発されました。
ソートレルはフランス語でバッタの意味で、ルモントワール・デガリテの1秒ステップ運針を跳ねるバッタになぞらえているようです。

ソートレル・リュヌ・パーペチュアルは14kと呼んでいた14,189年に1日の誤差のバージョンが開発されたのち、数学者との検証で複雑度をほとんど変えずに2Mと呼ばれる、200万年に1日の誤差バージョンが開発されました。
14kでもパーペチュアル(永久)と呼ぶには充分すぎる精度だとは思いますが、2Mはそれに加えても過剰ともいえる精度です。
現実には物理現象である月の周期自体は楕円軌道により振動的に変動しますし、「平均」周期も徐々に遅くなるため、数字に意味があるか?と考えると微妙かもしれませんが、機構はとてもシンプル、複雑さのための複雑さではなく、ミニマルな機構で最大の精度が出せたと考えればよいのではないでしょうか。



そして、シリーズの最新作として発表されたのがニュヌ・エグザクト(Lune Exacte)です、数字上の精度だけではなく、「どう合わせるか?」という事に向かい合った作品です。



構造はストレーラのムーブメントに共通した楕円型ダブルバレルムーブメント。
計時輪列がケースバック側にあり、「蝶」のモチーフもケースバック側です。



逆に、パピヨンでケースバック側にあった巻き上げ輪列は文字盤側に移動しています。
必要に応じて最適な設計を図るストレーラ―の本領発揮でしょう。

では、ムーンフェイズについて200万年に1日の誤差という事から見ていきましょう。


ストレーラのアトリエにはギネスワールドレコードの証明書が飾られています。
計算上の月齢1周期のズレはわずか0.0003秒に過ぎず、それを周期あたりの日数に換算、更に年あたりの日数に換算して逆数を取れば1日ズレるのに必要な年数が求まります。
結果、2,060,754.54年という途方もない年数が経過してズレが1日分たまることが分かります。



しかし、実現方法はとてもシンプル、わずか3個の変速歯車で12時間で1周する時針からの変速で実現しています。
これを実現しているのがドーナッツ状の歯車と内歯車を使ったストレーラ流の変速機構で、いわゆる122年のアストロノミカルムーンと呼ばれる機構でもこの機構よりも歯車が多いものがあることを考えるとシンプルさが際立ちます。
ストレーラ曰く、高精度を実現するのは「純粋に数学の問題」とのこと、何桁かの少数を有理数(分数で表すことができる数)で近似する有理数近似の問題に過ぎません。
しかし、その求まった変速比をどのようにリーズナブルに収めるか…という点で「俺のやり方」が光ります。

さて2Mは過剰な性能としても、ムーンフェイズを正確にあわせるというのは意外と難しい問題です。
山状の覆いの間を円形が移動するというムーンフェイズの表示方法から月齢を読み取るのは難しく、補助目盛を外周に設けたものもありますが対処療法です。

合わせるのも1日単位でしか送ることができないコレクターで正確な月齢に合わせることができないという問題もあります、ストレーラのものはリュウズで連続的に動かせるのでこの問題は発生しません。
特にアストロノミカルで高精度と謳っていても日付送りと同じように1日単位でしか進まないし、調整できないムーンフェイズは止まってしまうと再びその性能に見合う精度で合わせるのはかなり難しいでしょう。

過去にストレーラがエンジニアリング協力したH.モーザーのパーペチュアルムーンは筒カナに連動し、時合わせに連動してムーンが動くという特性を活かし、1/4周期(新月・上弦・満月・下弦)ごとの補助線を使って、まずは正確な1/4周期になる時刻に合わせて月齢と時分表示を同期させた後に、現在時刻に合わせれば月齢が正確になるという方法を使っていました。
この方法は一番近い1/4周期の日付を調べる必要があり、最大4日分ほどの進みまたは戻しが必要です。
さらに、現在のものでは補助線が無くなっているので、満月か新月を使う必要があります。

より便利に直接月齢の数字に合わせられるようにしたい…と言うのがムーン・バーニア・スケール機構です。



これはバーゼルで使っていたデモ用の拡大模型。
ムーンディスクから変速されて別の目盛がついている表示に繋がっており、月齢らしき数字を表示していることが分かります。



公式サイトの解説図です。
真ん中のディスクが回って外側の月齢の数字を差している…という事は分かりますがそれ以外にも何かいろいろ書いてあります。

順を追ってみていきましょう。


精密測定用のバーニアスケールという仕組みを月齢に応用したものがムーン・バーニア・スケールです。
バーニアというのは仕組みを考案したフランス人、ピエール・ヴェルニエの英語読みで、ノギスなどに使われている目盛を組み合わせて表示されている目盛よりも細かく読み取るための仕組みです。

この設計では3時間(0.125日)の精度で月齢を読み取ることを目標にしており、外周に固定されたメインスケール(本尺目盛)と可動するバーニアスケール(副尺目盛)の組み合わせで動作します。


固定されたメイン・スケールは29.53…日分の固定目盛です。
1日単位の目盛は表示できますが、3時間単位では細かくなりすぎて直読する用の目盛は非現実的なので、日付までしか記載されていません。

後述する読み取りの都合で2つの領域に色分けされています。



回転するバーニアスケールは中央に主目盛として赤色の主目盛があり、そこからメインスケールの間隔に合わせて作られた補助目盛があります。
黄色の領域では、補助目盛は1.875日ごと、これは2日ー3時間(0.125日)です。
青色の領域では、補助目盛は2.125日ごと、これは逆に2日+3時間(0.125日)です。
それぞれに3h(時間)ごとの数字がふられています。

これがどのように機能するのか、まずは黄色側で見てみましょう。


月齢4日の日を例にします。
4.000日ちょうどは主目盛が直接4の数字を指します。
そのまま進むと、4.125日では3hの所が重なり、メインのポインタと合わせて4日+0.125日(3h)で4.125日と読み取ることができます。
同様の原理で4.250日、4.375日…と読み取り、4.875日まで3時間ごとに読み取ることができます。

補助目盛の間隔は3時間ずつマイナスしているため、3時間進むごとにその差が打ち消され、重なるという仕組みです。
これにより、直接細かい数字を読み取る代わりに「重なるかどうか」に置き換え、人間が知覚しやすくする…と言うのがバーニア・スケールの重要なアイディアで、それを月齢に応用したものがムーン・バーニア・スケールです。



色分けされている理由を考えます。
先程の動作原理からわかるように、補助目盛は本尺目盛が均等間隔で並んでいることを前提としています。
そのため、本尺目盛が不連続になる29.53…日を超えてしまうと読み取ることができなくなってしまいます。
色分けはこの読み取りが破綻する条件を示しており、主目盛が青色を指すようになったら補助目盛も青色側を使います。



青領域の例として月齢16日を例とします。
主目盛が16ちょうどを指している16.000日、3時間進むと3hが重なり16日+0.125日で16.125日になります。
同様に16.250日、16.375日…16.857日まで3時間ごとに読み取ることができます。

青色領域では3時間ずつ足していて、回転に伴い足した分を追いついて重なるという仕組みです。
戻ると進むでプラスとマイナスが逆になっているという事です。

この色分けによって主目盛が差している位置に合わせてどちらの補助目盛を読むか?という指針になっていますが、より詳細な限界の条件はどうなるでしょうか?


先ほど見たように不連続点を超えてしまうと補助目盛が役に立たなくなるという条件は、言い換えれば不連続点を超えていないのであれば逆側も読むことができます。
本尺が青色の19日を例に挙げると、19.5日は青の補助目盛で12hと読めますが、黄色の補助目盛も不連続点を超えていないため読み取ることができます、19.750日まで行くと黄色は不連続点を超えるので青でしか読めません。
逆に青が不連続点を超えてしまう7.750日は黄色しか読むことができません。

この、「不連続点を補助目盛がまたがないように読む」という条件を使う人が認識していれば色分けなし死してしまっても良いのではないでしょうか?


万能ツール、パワーポイントの機能でモノクロームにしてみました。
これはかなりありではないでしょうか、更に月齢を合わせる時しか使わないと考えると、ムーン・バーニア・スケール自体を裏側に回すというのもありかも知れません。


これはビスポーク相談アリですね…



Patent pending(特許出願中)、取れたのかな…?


関連Web Site

Andreas Strehler
http://astrehler.ch/

Bespoke
http://astrehler.ch/bespoke/