アンドレアス・ストレーラ トランスアクシャルトゥールビヨンを振り返る 「同軸」コンスタントフォーストゥールビヨン

 By : CC Fan

2018年に独立時計師アンドレアス・ストレーラが発表したトランスアクシャル トゥールビヨン(TRANS-AXIAL TOURBILLON)、WMOではもちろんバーゼルのレポートとして掲載しましたが、この作品が改めて注目されているようです。

その理由はもちろん、グランドセイコーが発表したコンセプトモデルT0コンスタントフォース・トゥールビヨンとと同じアプローチ、すなわちトゥールビヨンキャリッジ外ギリギリにコンスタントフォースを設置し、トルク蓄積スプリングでケージを引っ張ったうえで、コンスタントフォース自体の重量はコンスタントフォース下流に加えない…という事を目指しているからだと思われます。

「推測」記事で書いたように、私は目指したことは同じで、それぞれの「俺のやり方」がこうなった…と言う理解で「世界初」とか「真の発明者」ではなく、二つがどのように技術的に違うアプローチを取っているのかという事を見ていきたいと思います。



アンドレアス・ストレーラ「先生」はSIHHで初めてお会いし、メゾン訪問までさせていただいたので、是非合わせてご覧ください。
10年間、原理が理解できなかったオルタネイト(交互)表示ディスプレイを持つOPUS7ムーブメントの解説もあります。

さて、まずはストレーラが使っているコンスタントフォース機構、ルモントワール・デガリテの動作を改めて振り返りましょう。
ストレーラの公式YouTubeチャネルに分かりやすい動画が載っているので引用します。



詳細な仕組みはコンスタントフォースのそもそも論で書きましたが、1秒に1回、衛星星形車の歯をブロックしている爪石が外れることでルモントワールスプリングに一定エネルギーがチャージされ、その一定エネルギーでルモントワールより下流の輪列を駆動し、定力にするという仕組みです。
この機構が本質的に優れているのは回転運動のみで動作し、制御のために往復運動を作るカムやアンクルが要らないこと、それでいて、衛星星形歯車は幾何学的に絶対にブロック爪を追い越すことができず、上流のトルクが完全に途絶え、ルモントワールスプリングのトルクが放出しきっているときには非ロック状態になり、巻けば再び上流からトルクが供給され、ルモントワールスプリングにチャージされるので容易に再起動するという点です。

上記の動画では4番車(60秒で1周)を置き換える形でルモントワール・デガリテが配置されていましたが、4番車の代わりにトゥールビヨンキャリッジを引っ張ればいいじゃないか、というのは2017年のメゾン訪問の時に聞いてトランスアクシャルのCADも見せてもらっていましたが、もちろん秘密は守るため知らないことにしていました。



そして、2018年のバーゼルで発表されたのがこのトランスアクシャル トゥールビヨンです。
同軸にルモントワール・デガリテとトゥールビヨンを重ね、ルモントワール・デガリテを利用した1秒ステップセコンド表示とパワーリザーブインジケータをストレーラのアイコンである「蝶」の形のブリッジにまとめています。
蝶の形は直接的ではなく、周辺のブリッジの影が作る、影絵のような表現になっています。

T0の時と同様のパワポ図入れで見ていきましょう。


T0の記事と図の色を合わせてあり、コンスタントフォースの上流が赤、下流が青で示してあります。
同軸で片側にすべてがまとまっていたT0とは異なり、上下に重なっているため上側(文字盤側)にはトゥールビヨンしか見えません。
固定4番車を内歯車にすることでキャリッジの下のスペースを開け、その部分にルモントワールのトルク蓄積スプリングと脱進関係の部品を配置しています。


トゥールビヨンはトルク蓄積スプリングに引っ張られて連続的(1/6秒ステップ)に動くため、この側からだけ見てもルモントワールが搭載されていることは分かりません。
ケースバック側を見てみましょう。


コンスタントフォースの機構はほとんどがこちら側にあります。
トゥールビヨンキャリッジから突き出した脱進停止爪が脱進ガンギ車のブロックを1秒ごとに解除することによって冒頭の動画のようにルモントワール・デガリテが1秒ステップで回転し、一定エネルギーをトルク蓄積スプリングにチャージします。


トゥールビヨンは上側がブリッジ軸受け、下側がルモントワール・デガリテに設けられた軸受けで保持されていますが、ルモントワール・デガリテはリング状のパーツを周辺3つの軸受けで支えられています。
この構造にすることでルモントワール・デガリテ自体の厚みを抑えています。
このため、ルモントワール・デガリテ用とトゥールビヨン用の内歯車はそれぞれ独立で2枚あります(T0は共有)。


横からの図で軽く比較してみましょう。
T0は外側から内側という構造で、トランスアクシャルは下から上という構造です。
このため、T0はルモントワール部が内側を覆わなければいけないため相対的に大きくなります、トランスアクシャルは独立のためルモントワール部は最小のサイズで収まります。
逆にT0は全ての軸を伝統的な石支持にすることができますが、トランスアクシャルはルモントワール部を薄くするためにボールベアリングを使っています。
そして、ケージ外周に切った歯車から駆動するT0は歯車が1枚多くなります。

これはムーブ全体との兼ね合いもあるので、単純には比較できませんが、このような差があるというのは興味深いです。



各部の機能も改めて。
ストレーラのムーブメントに共通する楕円型パラレルダブルバレルで、オフセットさせた時分表示を持つ構造です。
ムーブメントを見せる前提の構造でデザインされ、二つの香箱が見えています。

時合わせ輪列と巻き上げ輪列は90度でかみ合う歯車ではなく45度で歯を切ったコニカルギアが噛み合う構造になっており、より伝達効率と歯車の負荷を減らしています。
文字盤側には2番車まであり、長い軸を使って3番車はケースバック側に送られます。



デザインのアクセントにもなっている大型の3番車からルモントワール・デガリテが駆動されます。
ルモントワール・デガリテより上流はルモントワール・デガリテの作用により1秒ステップ運針をするため、それを取り出して表示するステップセコンドが上側に見えます。


歯車は1秒ステップで動くので、そのまま噛み合わせれば1秒ステップセコンドが実現できそうですが、バックラッシ(歯車の遊び)があり、トルクがかかっていないため歯車が動いてふらついてしまいます。
それを解消するために細かく歯を切ったインデックスラチェット車にラチェット爪と規制バネで押さえ、逆向きのトルク相当をかけることでふらつきを無くしています。
このステップセコンドはなんと中空になった香箱真を通過して文字盤側に送られます。
ストレーラ節です。



パワーリザーブ計測は自動車のデフのようなコニカルギアを組み合わせた差動歯車機構で行われます。
これは遊星歯車機構を90度ずつ折って変形したようなもので、太陽歯車と外側内歯車相当の部分が入力になり、出力として二つの入力の差を表示します。
片方に巻き上げ、もう片方に放出を接続すると、その差、すなわち現在のパワーリザーブを表示するという仕組みです。



改めて追ってみました。
ルモントワールの効果を最大化するために、トゥールビヨンに可能な限り寄せるが、自重をキャリッジには加えない…と言うアプローチからそれぞれの「俺のやり方」がどうなるかというのが非常に興味深いと思います。

最後に直接は関係ないですが最高にイカしたストレーラの「童話」を。



そういえば、昔書いた「ストレーラ氏の作品が好きな読者の方」にはお会いできましたね…

関連Web Site

Andreas Strehler
http://astrehler.ch/

Bespoke
http://astrehler.ch/bespoke/