アンドレアス・ストレーラ パピヨン 2作品 「生命」の象徴+2019年バーゼルの夜

 By : CC Fan

グランド・セイコーT0の解析
から、アンドレアス・ストレーラのトランスアクシャル・トゥールビヨンとの比較、そしてストレーラ提供の精度データを掲載しました。

SIHHに初参加した時にずっとファンだったでした!とお話させていただき、スイスへ訪れたときに長閑なジルナッハにあるワークショップを訪れさせていただいたり、展示会でご挨拶させていただいたりしていました。
もSIHH(WAWG)とバーゼルで会おうぜ!と言っていたのにこんな状況…という事で非常に残念ではありますが、ワークショップ訪問記事の時(2017年9月13日)に作品紹介すると書いて3年放置していたので、この機会に切り替えて紹介しようと思い至りました。

まずはなんと言ってもストレーラを象徴する「蝶々」をモチーフとしたブリッジを持つパピヨン・ドール(Papillon d’or)とパピヨン(クラシック)(Papillon)について。

発表順は逆になりますが、パピヨン・ドールから。



パピヨン(Papillon)はフランス語で蝶、ドール(d’or)は同じくフランス語で金(ゴールド)を表し、「金の蝶」という意味になります。
その名前があらわすように、メッキではなく無垢のソリッドゴールドで作られた蝶型のブリッジがダブルバレルと計時輪列、そしてパワーリザーブ計測用の差動歯車機構を一括で保持しています。

既存のムーブメント改造ではなく、初めからスケルトンにすることを考えたストレーラらしい作品です。
ムーブメント自体はストレーラの作品に共通する楕円型ダブルバレルムーブメントで、蝶型のブリッジに合わせて輪列を組みなおしています。



「蝶」の存在感…

ガンギ車のブリッジだけは独立しており、蝶ブリッジとは異なり地板と同じ色で目立たなくしてあります。

ストレーラ曰く、蝶の形は繊細ながら、4000万年前から存在する完成された形状であり、その「生命(a living organism)」を時計に取り入れようと閃き、それから自身の「アイコン」として使っているようです。
昔、「なぜ蝶なの?」と問いかけると、「だって蝶だろ?」という、なかなかハイレベルな問答もありましたが…

ストレーラの作品の多くにはこの「蝶」のアイコンが取り入れられています。



テンワブリッジから伸びるパワーリザーブインジケーターという、ストレーラの「俺のやり方」。
よく見るとパワーリザーブ針を動かす扇状歯車はテンワと重なっています。

パワーリザーブはつける前と巻く時だけ分かればよく、常に見える必要はない…と考えると裏面に配置するというのは理に適っています。

Coconと書かれているのは、このパピヨン・ドールはプロトタイプで、シンプルなココン(フランス語で繭)という三針時計のケースを流用しているからで、コのネーミングは楕円形ケースが繭を思わせるからだと思われます。



45度で噛み合うコニカルギアを用いた自動車のデフ(差動歯車機構)をそのままミニチュア化したような差動歯車機構により巻き量と放出量の差を測定し、パワーリザーブインジケーターを駆動します。



ムーブメント厚さ5.90mmにもかかわらず、がっちりとしたブリッジと香箱のプレート。
プレートの中に差動歯車巻き止め付き角穴車が収まっており、パワーリザーブはストレーラのムーブメントに共通の78時間です。

ケースは楕円形で長径は41.00mm(リュウズを入れて43.40mm)と大きめですが、短径はばね棒からばね棒で37.30mmで円形で40mm以下のケース並みのサイズなので装着感は良好です。



厚みはスペックシートに書いてない(後述のクラシックと同じとすると10mm)ですが、ムーブ厚みが5.90mmなのでそこまで厚い印象はありませんでした。
楕円形ケースのおかげで、装着感とムーブの大きさが両立しています。

このムーブメントが以前も掲載した、最高にイカしたストレーラの「童話」の元ネタです。



パピヨン・ドールもストレーラらしい作品ではありましたが、更にストレーラらしいのがパピヨン(クラシック)こと、オリジナルのパピヨンです。
先に発表(2008年)されたのはこちらで、パピヨン・ドールの発表(2015年)に伴い、パピヨン クラシックとも呼ばれるようになりました。



蝶のブリッジがより大きく、繊細になっているほか、一見すると時分針が無く、時刻が表示されていないように見えます。
更にセンターの歯車が極めて大きく、ムーブメントの短径を覆うようなサイズであることが分かります。

通常の時計が4番車または5番車まであるのに対し、パピヨンは3番車まで、すなわち加速輪列が2つの歯車のみで構成されており、3番車が直接ガンギ車を回す設計です。
この構成により、「慌ただしい(hectic)」秒針を省くことができ、よりクラシカルな5振動/秒のテンプと相まって、ゆっくりと、しかし確実に進んでゆく「生命」のような動きを作り出しています。



時刻と分は香箱同軸のサファイアディスクと蝶ブリッジのポインターで示すミステリーレギュレーター表示で、一見すると時計とは思えない表示です。



上記の表示で、真上と真下を読み、2時18分ごろを示しています。
主役は「蝶」とゆったりと回る二つの大型歯車であり、時刻表示は控えめです。



裏側を見るとミステリー表示のディスクを駆動するための歯車と巻き上げ用の角穴車が見えます。
ガンギ車がムーブメント外周にあり、内側に向かってアンクルが伸びているユニークなレイアウトです。



ミステリー表示は右側の2番車の軸(筒カナ相当)から、時間と分のディスクを適切なギア比で回す仕組みです。
重なってぶつかるように見えて、上手くレイアウトしているのは流石のストレーラです。



拡大してみると最外周にガンギ車があり、折り返して内側のテンプにアンクルが伸びている構造が分かります。
この構造は以前も取り上げたハリーウィンストンとのコラボ作品、OPUS7にも使われました。



OPUS7のムーブメントを検証用の樹脂ケースに収めたもの、青焼きされた歯車(2番車)と銀色の歯車(3番車)からガンギに繋がっています。
こちらも「蝶」の意匠のブリッジでダブルバレルを支えており、更に表示用ディスクも同じブリッジで支えています。

表示用ディスクが一つしかないのはストレーラが特許を持つ、交互表示(オルタネイト・ディスプレイ)機構により、時刻・分・パワーリザーブ残量(60時間で分のメモリを使う)を交互に表示するからです。
詳細は上記の記事をご覧ください。



ケースバックはストレーラの通常作品とはかなり異なり、交互表示システムを制御するためのハートカムとハンマー、カム機構が設けられています。
ハリーウィンストンを示すHWマークも入れられています。
このプロジェクトにあたり、ストレーラ一人では組み立てが間に合わないため、組み立て担当の時計師を雇ったものの「彼らは、どうしてこれ(交互表示システム)が動くのか理解できなかった」とのことでした。



ムーブメントサイズはパピヨン・ドールと同じ、ケースサイズも同じです。
さらに、ケース厚はこちらは数字が書いてあり10mmです。
ストレーラの規模でムーブごとにケースを用意するのは大変なので、同じケースではないかと思われます。

ストレーラの作品はどれも素晴らしいですが、もっとも個性が表れているのはこのパピヨンの2作品ではないでしょうか?

さて、2018年のSIHHでお会いした話同年のバーゼルの話はWMOに書いていましたが、2019年もお会いしたのにレポートしていませんでした。

2019年のバーゼル初日、飛行機でチューリッヒ空港に降り立ち、バーゼルまで電車で移動しながら、メッセージで話していたらパーティーをやるからウェルカムという連絡があり…



独立時計師?なパーティーで、ストレーラ先生と再会!



腕にはもちろん、トランスアクシャル・トゥールビヨン!



良い具合にぼやけていますが、「オーラ」を感じる方々が…

良い機会なので蔵出しで…

関連Web Site

Andreas Strehler
http://astrehler.ch/

Bespoke
http://astrehler.ch/bespoke/