アンドレアス・ストレーラ OPUS7 ムーブメント詳細レポート

 By : CC Fan
メゾン訪問から1年、SIHHでお話を伺い原理を理解してから半年ほど放置してしまいましたが、アンドレアス・ストレーラ(Andreas Strehler)氏が作成したOPUS7の"ムーブメント"の詳細をレポートしたいと思います。
いきなり書こうと思った理由は、最近人づてに"WMOの読者の方でストレーラ氏の作品が好きな方がいらっしゃる"ということを聞いて、嬉しかったからです。

OPUSプロジェクトは2001年に始まり、13でいったん中断されるまでは毎年発表され、西暦の下2桁が作品番号と一致していたので、OPUS7が発表されたのは2007年、実に10年以上前です。
まずは、OPUS7関連の動画を改めて。


ストレーラ氏に対するインタビュー by ハリー・ウィンストン公式チャンネル

コンセプトを説明する若きストレーラ氏。
ムーブメントそのものの美しさ、機構のユニークさを強調しています。

次はムーブメントの動きをCGで再現したムービーです。


OPUS7 by ハリー・ウィンストン公式チャンネル

最大の特徴になっているのは交互表示(オルタネイト・ディスプレイ)という表示方法です。
時分針に相当する表示は一枚のディスクであり、時・分・パワーリザーブを切り替えながら交互に表示します。
リュウズ同軸のプッシャーを押すたびにディスクの10時30分位ににあるインジケータが切り替わり、H(Hour)は時を、M(Minutes)は分を、R(Reserve)は分インデックスを使い60時間パワーリザーブの残量を表示します。
時表示は分に相当する情報も持っているので、時表示はワンハンド的な表示とも言えます。

この表示をどうやって実現しているのか、2007年の登場時から全く理解できていませんでしたが、メゾン訪問や氏に何度も話を伺い、10年越しぐらいで理解できたので共有したいと思います。

他のOPUSシリーズはともかく、OPUS7に関してはこの時計のために新規の機構を起こしたというより、氏がすでに持っていた2つの発明を組み合わせた形になります。
  • パピヨン(PAPILLON)で使われた大型歯車による歯車数の少ない加速輪列
  • ツヴァイ(Zwei)で使われた交互表示システム
この2つの発明と氏の印象的な"蝶"のブリッジ、ハリー・ウィンストンの意匠が組み合わさったものがOPUS7で、コラボレーションにより、より魅力的になり、個人的には氏の最高傑作だと思っています。

さて、機構を一つずつ見ていきましょう。

比較的理解しやすい、大型歯車による歯車数の少ない加速輪列を理解するために、パピヨンを見てみましょう。



向かって右側に楕円形ムーブメントの短径いっぱいの大きさの歯車と、その左側に少し小さい歯車が見えます。
大きい方の歯車はツインバレルの連結を兼ねた2番車、小さい方の歯車は3番車です。
歯車を大きくすることで歯車ひとつあたりの加速比を大きくし、通常存在する4番車がを省き、3番車で直接ガンギ車を回す構造になっています。
これにより比較的"忙しい"動きをする4番車をなくし、繊細な動きを表現しているそうです。
既存のムーブメントをベースにして歯車を見せるだけのスケルトンはあまり好みではありませんが、このように見せるために最適化した構造を持っているものは好みです。

OPUSのムーブメントと比較してみましょう。



蝶のブリッジが90度回転し、ダブルバレルが横に並ぶ形になっていますが、基本的な構造は同じであることがわかるでしょう。
青色の歯車は1時間で1回転し、白色の歯車は150秒で1回転、白色の歯車が直接ガンギ車のピニオンに噛み合っています。

ちなみにパピヨンのムーブメント側はこんな感じです。



サファイアディスクによるレギュレーター表示で、ムーブメント側から見える歯車は日の裏車に相当する部品です。

さて、難しいのが、交互表示システムです。
氏が独立して間もないころに制作したツヴァイ(Zwei:ドイツ語で2)という懐中時計に使われた機構です。



一見するとただの2針時計ですが、10時位置のプッシャーを押すと時分針と同じ針が、月と日を表示し、もう一度押すと時分表示に戻る交互表示システムを備えていました。

この動きを実現するために、差動歯車とハートカムを使った一種の位置決めクラッチのような機構を備えています。
説明しきれるかは微妙ですが、まずはCAD図を。



クラウンギアを使った差動歯車機構です。
下側が通常の時計の針に相当する歯車、上側の金色の歯車が入出力を兼ねた歯車で、差動歯車機構により針に相当する歯車とハートカムの角度の差がこの歯車に現れます。
Dualtowの遊星歯車クラッチとの類似点が見えるので比較してみるとわかりやすいかもしれません。
ハートカムをレバーで押さえた場合、ハートカムの角度は一定になるため金色の歯車には針に相当する歯車の角度がそのまま出力されます。
逆に、ハートカムを開放した状態で金色の歯車を回転させてもハートカムが空回りするだけで針に相当する歯車に力は伝わりません。
上記の動作は自分の角度情報を出力するか、他から入力された角度情報を素通しするかのという、一種のクラッチの動作になっており、このユニットを複数用意し、金色の歯車を連結した状態でどれか一つのハートカムをレバーで押さえ、それ以外を開放することで複数の角度情報からひとつを選択して表示できることを示しています。

OPUS7では針に相当する歯車にそれぞれ時・分の情報を与え、コラムホイールで制御されたレバーでハートカムを押さえることで表示する内容を切り替えています。



2つのハートカムとレバー、規制バネが見えます。



どちらがどちらかうろ覚えですが、おそらく時を表すハートカムを押さえている様子。
連結した歯車で表示ディスクに動きが伝わり、同時にコラムホイールでインジケーターが切り替わります。



こちらは分のハートカムを押さえている様子。
冒頭の両方のハートカムが解放された状態はパワーリザーブ表示の状態で、パワーリザーブは差動歯車ではなく、垂直クラッチのような機構がパワーリザーブを測定する差動歯車機構に決まった角度で噛み合うようになっており、それがそのままディスクに表示されるとのこと。

氏の設計エンジニアかつ時計師という両立した能力があってこそ作りえた独創性あふれる機構だと思います。
曰く、"50本限定のムーブメントを組み立てるために時計師を雇ったが、彼らはどうしてこれが動くのか理解できなかった"とのこと。



これは時(H)表示、インデックスの色とインジケータの色が合わせてあるようです。

ビスポークは不明ですが、交互表示システムはレギュラーピースでは登場していないようです。
是非また面白い表示を期待しています。

ストレーラ氏の作品が好きな読者の方にもお会いしたいです。

関連Web Site

Andreas Strehler
http://astrehler.ch/

Bespoke
http://astrehler.ch/bespoke/