アンドレアス・ストレーラ トランスアクシャル トゥールビヨンの「補足」 精度と差動歯車巻き止めについて

 By : CC Fan

良い機会だったので、改めて振り返ったアンドレアス・ストレーラのトゥールビヨンとコンスタントフォース機構を同軸に結合させたトランスアクシャル トゥールビヨン。
掲載連絡をしたところ、更に興味深い情報が得られたのでレポートします。



メッセンジャーで近況を話していて、ストレーラから「グランドセイコーT0の精度はどれぐらいなのか、発表されているのか?」と聞かれ、「オフィシャルの値は出ていないけど、噂ではこれぐらいと聞いている」…とやり取りをしていたところストレーラからファイルが送られてきました。
それが…



フランス・ブザンソン天文台が行っているクロノメーター検定を取得したという検定証明書でした。
なお、シリアル番号と検定番号は念のために消しています。

ブザンソン天文台は独立系など小規模な検定も受け付けており、以前レポートしたアクリヴィアのクロノメーター コンテンポランもオーナーが希望し、コストを負担することで検定を取得し、検定証明書を付属させることができます。

これは「高精度」を謳うならば、それを数値として証明しなければいけない…と言うストレーラの心意気と理解しました。

クロノメーター検定は国際規格ISO 3159によって規定されており、ブザンソン天文台のものは測定条件がフランス語で記載されていますが、過去に日本時計学会誌78巻(1976年)に掲載された日本語訳が、JSTのJ-stageで閲覧することができるのでこちらから引用して説明します。
なるべく平素に説明すべく、式を使わずに文章で書き下しますが、かえってわかり辛いかもしれないので、オリジナルもあわせてご覧いただければと思います。

試験は、J(Jour:フランス語で日)0からJ15までの16日間にわたって行われ、それぞれの日の姿勢と気温が規定されています、1日(24時間)ごとに正確な標準時間に対しどれだけズレたかの測定値Ei(iは日付)を測定します。

このEiの1日ごとの差を取って、1日当たりの増減にしたものが日差Miになり、単位は(秒/日)となります。
Miは増減を表すので、正負の値を取り、進んでいるときにプラス、遅れている時をマイナスとします。
この15日分のMiを特定の方法で統計処理したものが各基準項目になります。

M:気温23度における5姿勢の平均日差
最初の10日間は気温が一定で姿勢を変えたときの日差を測定します。
この10日分の平均値が0に近いほど、正確度(精度ではない)が高く、基準値(誤差0)に近いことを示しています。
基準値は-4秒/日から+6秒/日なのに対し、トランスアクシャルは 1.98秒/日になっています。

V:気温23度における5姿勢の平均日較差
Mは基準値に対する正確度(どれだけ近いか)は表していますが、厳密には精度ではありません。
これは、2秒進んで2秒戻ると、5秒進んで5秒戻るを比べた場合、Mの値は同じになりますが、どちらが正確か?と考えると明らかに前者だからです。
更に、進んだり戻ったりする時計は日がたつにつれてズレがあやふやになりますが、必ず進む時計は合わせてからの日数を数えていればズレの値を計算で求めることができ、より精度は高いといえ、すなわち、精度というのは、基準値から離れていてもいいので、値がばらつかないことが重要と言えます。
この「バラツキ」を示しているのが日較差で、5姿勢で1日ごとに日差がどれぐらい変化するのかを示しています。
この値は絶対値で平均化しているので符号なし、基準値は2秒/日に対し、トランスアクシャルは0.38秒/日です。

Vmax:気温23度における日較差の最大値
Vは平均値ですが、1姿勢で極端に精度が悪化することがあると平均値が良くても実際の使い方によっては精度が悪化してしまうことが考えられます。
そのため、日較差が一番大きくなった場合の最悪値を規定し、極端に悪い値が無いようにしています。
基準値は5秒/日に対し、トランスアクシャルは0.82秒/日です。
平均に対する割合は、基準値が2.5倍に対し、2.18倍なので相対値でも少なくなっています。

D:気温23度における垂直と水平の姿勢差
6H(6時上)とCH(文字盤上)の差で、天真にかかる重力の方向によって振り角が変化することで日差がどのように変化するかを示しています。
基準値は-6秒/日から 8秒/日に対し、トランスアクシャルは-1.02秒/日です。

P:気温23度における最大姿勢偏差
VとVmaxの考え方と同様に、平均値が良くても特定の姿勢で極端に悪くなるのは好ましくありません。
平均日差Mと各日の日差を比較し絶対値誤差が最大になる値を制限することで平均からの乖離を規定します。
基準値は10秒/日に対し、トランスアクシャルは1.36秒/日で、M-Pが負にならないことから、トランスアクシャルは全姿勢で進み方向であり、23度の環境では遅れ方向にはズレないという事も分かります。

C:気温38度と8度から求めた文字盤上の温度係数
11日目以降は温度を変化させ、気温による歩度の変化を求めます。
温度によって寸法が変化したり、弾性率がわずかに変わることによる影響を示しています。
基準値は±0.6(秒/日)/℃に対し、トランスアクシャルは-0.21(秒/日)/℃です。
腕時計の場合は腕に巻かれているので人間が恒温槽になって特に問題ないという意見と、重要だという意見の両方を聞くのでこれがリーズナブルかは断言できません。
基準値の3分の1と考えれば優秀ではあると思います。

R:クロノメーター検定前と後の日差の変化(復元差)
姿勢・気温が等しい最終日の日差と最初の2日の日差を比べ、クロノメーター検定によって日差が悪化していないかという事を示す…と理解しました。
基準値±5秒/日に対し、トランスアクシャルは-1.50秒/日です。

このように、クロノメーター検定を通過しており、「高精度」の面目躍如です。
残念ながら、5姿勢なので6姿勢のGS規格とは直接比較はできませんが…

もう一つ伺ったことはパワーリザーブについてです。
ルモントワールは香箱トルクが低下してくるとトルク蓄積スプリングを十分に押し込むことができず、直結のような動作になり香箱トルクの低下の影響を受けます。
これは、動作原理的にトルクを捨てることはできても増やすことはできない、という性質によるものです。

しかし、ストレーラ―のルモントワールはパワーリザーブの78時間全域にわたってルモントワールが効くそうです、これは78時間よりも長いパワーリザーブを持つダブルバレルをユニークでシンプルな差動巻き止め機構で動作制限することでトルク特性の良い部分だけを使っているからです。



連続的に噛み合う歯車の片方は1箇所だけ歯先が高く、もう片方は1箇所だけ歯底が浅い組み合わせで、どちらか片方だけなら素通しするけど、両方が組み合わさった時はブロックするという仕組みです。
分かりやすいのは右上に示したランゲのツァイトヴェルクに使われたもので、真ん中の歯車の1歯が高く、周辺歯車の歯底のが浅くなっています。
ツァイトヴェルク同様の構造で17回転の高速香箱に適用したのがクレヨンのエニィウェアです。

ストレーラはさらに一歩進み、外周の歯車を内歯車のリングにし、それを香箱に設けられた偏心凹に納める構造にしました。
内歯車のリングにより、歯車を重ねたような効果で、よりコンパクトにまとまり、角穴車の逆側に配置される巻き止めを角穴車の直下に配置することができ、巻き止めを目立たせず組み込むことができます。
「蝶々」のモチーフでスケルトンも多いストレーラとしては巻き止めを見せたくないのかもしれません。

もちろん、連続噛み合いなのでゼネバ機構のようにゼネバ駆動時と非駆動時で巻き止めの抵抗が変わってトルク変動の原因になることもありません。



香箱の構造を理解しやすい(角穴車が露出している)、パピヨン(Papillon)を。
香箱の間に見えているのはミステリーディスプレイ用の歯車です。



忙しい(hectic)秒の歯車を無くしたかった…と言うパピヨンのムーブメント。
楕円ムーブメントの短径いっぱいまで広がる大型2番車と3番車で加速比を稼ぐことで3番車が直接ガンギ車を回し、慌ただしい4番車は存在しません。
有機的な「蝶」のブリッジはまさにストレーラ―のアイコン。



文字盤側2番車の回転は文字盤裏側の筒カナに伝わり、折り返して香箱同軸のサファイアクリスタル製のミステリー表示を駆動します。
トランスアクシャル同様、リュウズの歯車は45度で噛み合うコニカルギアが使われており、巻き上げと時合わせの効率を良くしています。



段差をつけた2枚のサファイアクリスタルのミステリー表示が表示用歯車に噛み合っています。

このほかにも使っていない写真が大量にあるので紹介したいですね…

関連Web Site

Andreas Strehler
http://astrehler.ch/

Bespoke
http://astrehler.ch/bespoke/