新たなスターとなるか ~ 独立時計師 P. Elliot Watchmakingのピーター・エリオットとのインタビュー

 By : KIH

今日はまた一味違う、新しいブランドを紹介する。ひょっとしたら、新しい「スター」になるかもしれない。スタイルは、ほぼ完全自作。日本で言うと、
菊野昌宏氏に近いタイプだ。ただし、今回紹介する時計師は、まだ時計を発表していない。あと数か月、とのこと。というわけで、じゃっかんフライング気味ではあるが、彼のインスタなどを見ると、期待できそうな予感がするので(というか、筆者の好み)、早速コンタクトしてみた。




P. Elliot Watchmakingのピーター・エリオットとのインタビュー

アメリカ生まれのアメリカ人、しかし今はドイツに拠点を構える独立時計師、ピーター・エリオット。彼のことはインスタグラムで知ったわけだが、まだ彼の時計師の道は始まったばかり。「売る時計」はまだ完成しておらず(あと数か月)、その最終版は見ていない。しかし、ダイヤルやその他の部品を彼のウェブサイトなどで見て、なんとなくとしか言えないが、「次のスター」の可能性を感じ、彼の人となりを探ってみた。以下、バーチャルなインタビューを行ったので、ご覧いただきたい。



アトリエにて


• なぜ時計師になろうと?

まだ、ティーンエイジのころから、私は機械式時計の機構に非常に興味を持っていたんです。もう少し正確に言うと、クォーツ時計やスマートフォンがあって正確な時刻はいくらでも、どこででもわかる時代なのに、なぜ機械式時計は「時代遅れ」にならないのか、に興味を持っていたのです。多くの人が自分だけのユニークな機械式時計を求めていることに、今も驚くとともに感謝の気持ちも持っています。このことが、私のような人間に、自分が好きなことをやりつつ生活もしていける環境を作ってくれているのです。とは言え、私のように、若く、経験も少ない者に、知識をシェアしてくれる人たちを探すのは大変でした。 そしてほんの一握りの人たちが、私を受けるべき教育や、弟子として働く場所に関して、正しい方向に導いてくれました。正式な伝統的時計師教育を受けなければならないとわかっていたからこそ、私はまず最初にビジネス感覚や起業家としての基礎的知識を得なければならないと考えました。私は常に新しい知識や経験を得ることを目指しており、そうすることにより、若い時計ファンや自分のように時計師を目指す人たちの助けになれればいい、と考えています。「完璧な」時計を作るために、どういうデザインや機構を詰め込めばいいのか、眠れない夜をいくつも過ごしました。時には、素晴らしいアイデアがひらめいた時には、手許にレストランのナプキンしかない、なんてこともありました。経験を積むにつれ、デザインはだんだん形作られていき、ついにようやく完成しそうなところまできました。


• どこで、どうやって時計作りを学んだ?

私は、2015年に米国フロリダ州マイアミにある、ニコラス・G・ハイエック時計学校に入学しました。カリキュラムは、当時からかなり変わってしまったようですが、そこでの2年間の就学期間でフライス加工や旋盤加工を学び何度も繰り返し経験したことにより、その後自分自身のムーブメントを作る技術を身に着けることができたことに非常に感謝しています。時計学校卒業後にはドイツで修行をするアレンジをしました(やはり、フランス語圏はフランス語が流暢でないと入っていくのは厳しい)。当然、今まで学んだ知識や工具・道具・部品等の名前はすべてドイツ語ですので、まずはそれらの重要な単語のドイツ語訳を覚えるところから始めました。


• あなたの具体的なゴールは? どういう時計師になりたいと思っている?

先述のように、独立時計師になることが私にとって常に1つのゴールでした。しかし、「独立時計師になること」というのは人によってたくさんの意味に解釈することが可能です。私にとっては、「自分は、最初から、外からの部品購入をできるだく少なくした上で、自分自身のデザインの時計を作ること」です。「インハウス」の時計を創造するために必要な努力は壮絶ながら賞賛すべきものであり、そのことを私はまず理解しました。テンワ、脱進器、輪列などをアウトソースすることは、完全に自分自身の創造による時計、という気持ちになれないだろうと考え、それらを自分で作る能力を身に着けた上で自分の時計をデザインし作り始めることに決めたのです。 その「旅」は2年前に始まり、ついにゴールが見えてきました。しかし、そのゴールは再び次の目標に向かっての「旅」の始まりにすぎません。そしてこの「旅」は、何人かの優れた時計師たちとの出会いや、何ものにも代えがたい体験を通し、やっと始まったものでもあります。


• 他のブランド/ メゾンで働いたことは?

マイアミの時計学校を卒業してすぐ、少しだけオメガで働きました。その後、ドイツのD. ドルンブルート&ゾーン(D. Dornblüth und Soehn)に弟子入りしました。ディルク・ドルンブルート(Dirk Dornblüth)氏は最高に謙虚な人です。彼は、その値段よりはるかに高い価値の時計を作っています。私は彼のところで、彼のインハウスムーブメントに入る、すべてのパーツを手作りする、という工程で一緒に働くことにより、非常に多くのことを学びました。これこそが、自分自身の時計を作るために学びたい、経験したい、と思っていたことなのです。ディルクのアトリエにおける私の主要な仕事の1つは、彼のインハウスムーブメントのための、完璧なテンワを作ることでした。 私は、テン真を回し、静的・動的調整のための金のチラネジを作り、そしてブレゲ巻き上げヒゲを手で作りました。彼は、私が彼のアトリエで働いている間、インハウスムーブメントを作るプロセスを1つ1つ教えてくれました。


ドルンブルートのアトリエ


ディルク・ドルンブルート作業中


ブレゲ巻き上げヒゲゼンマイ手作り中


この修行期間のあと、私はドイツのケルンにある、時計修復工房に勤めることになり、そこでは古い時計から新しい時計まで、シンプルな構造から複雑時計まで、あらゆる種類の腕時計を修理・修復することを学びました。この経験により、私は他の時計師やブランドが時計を作っているのか、そして、どのような点が良く、悪く、また「やってはいけない」ことなのか、を学び、自分自身の時計を作るときのデザインや機能を考える時の参考にすることができました。例えば、 香箱に装備するマルタクロス、フリースプラング テンワ、ブレゲ巻き上げヒゲゼンマイ、マスタッシュ アンクル、変更可能なパイロットホールの開け方、受け石のこと、等々やムーブメント、ケースデザイン、そして耐久性や機能を改善させる機構・意匠を体得できました。

ケルンにいる間、私は多くの複雑時計の修理をする機会に恵まれました。そしてその中でとても印象に残っているのが1つあります。ジラール・ペルゴのトゥールビヨンでしたが、香箱真が壊れていました。巻き上げ過ぎによって、軸近辺は完全に破壊されていました。ですので、まずは元々の正しい大きさで香箱真の設計図を作り、旋盤を手で回して作り始めました。シンプルに聞こえるかもしれませんが、寸分たがわぬサイズで作らねばならず、主ゼンマイの小さな穴をしっかりとホールドしなければなりません。それが何年も間違いなく機能することが大事なのです。私は、中央からは少し外したところに小穴をあけ、正確な角度で釣り針のように主ゼンマイをつかまえる機構を使いました。香箱真はスチール製ですが、長期にわたる使用に耐えるには、硬度がとても大事です。自分が手で作った香箱真で時計がよみがえったことで、私は満足感を味わいました。もちろん、ブランドに送っても修理してくれますが、長い時間と、この場合にはおそらく10000ユーロくらいの請求書が送られてくることでしょう。お客様は、完璧な修理をリーズナブルな料金で行ったことに大変満足していたようでした。


ジラール・ペルゴ トリプルブリッジ トゥールビヨン 修理
  



  


その他、ケルンにいる間に修理を手掛けた複雑時計

ブレゲのトゥールビヨン


カルティエ自動巻きトゥールビヨン


パテックの永久カレンダー


パテック修理のために手作りした歯車


同上


• 誰、あるいはどのブランドが一番影響を与えたか? 「マスター」と呼ぶ人、あるいは目標にしている時計師は?

陳腐な答かもしれませんが、やはり、ジョージ・ダニエルがその時計作りへの献身的な功績から言って自分に大きな影響を与えました。CNCの登場によって、時計部品の開発や製造はとても簡単になりました。ですから、彼が作った時計の機構やパーツが、何をするものなのかだけでなく、どうやって彼がそれを作ったのかを理解することが大きな影響を与えてくれたのであり、自分の時計に、高い質、難度、そして伝統という味付けをするために大いに役立っています。


今は、あなたの時計師になる「道のり・旅」のどこにいる?

現在、私はドイツにアルゼンチン人の妻と住み、最初の時計をデザインし、作るというこの「旅」は2年になります。大部分の時間は、時計のデザインに費やされました。というのは、すべての部品はその時計の為のモノであり、どれ1つとしてアウトソースするつもりはなかったからです。もちろん、部品作りも大変時間がかかるものでした。現在ようやく8割方まで完成しています。完成したこの時計に興味を持ってくれる人達がいれば、 私はさらに新しい手作り時計を開発することができ、何年か後には複雑機構を取り入れた時計作りも視野に入れたいと思っています


• では、その「旅」は具体的にどうだった?

この「旅」は、自分を本当に謙虚な気持ちにさせてくれた、という点が第一です。最初の時計は最も時間がかかるモノだと言われていますが、やはりすべての部品をデザインして、1つ1つ作って組み立てていかなければならず、これまでに4000時間かけました。始める前には自信満々でしたが、始めてみると、デザインとプロトタイプの製造の困難さ、そしてインハウス時計は、通常はチームで作られるのでしょうし、また開発には相応の資本が必要となり、想定外のことばかりでした。


マスタッシュ アンクル


ブレード型コハゼ


• では、その最初の時計について話しましょう。あと数か月で完成とのことですが、どういった部分に自信を持っていて、また作るのに困難だったか。また、輪列、ヒゲゼンマイ、テンワ、脱進器、素材、受け、装飾、精度・・・等々について聞かせてください。また、完成したあとは、1つ作るのにどれくらいかかるようになりますか? 

私は、数多くの美しく、また複雑機構を持った時計を修復してきました。しかし、私は最初の時計は最もシンプルなデザインとムーブメント、PE18.1を作りました。私は、1950年代のパテックやヴァシュロンが大好きです。 ファンシーなラグや、スモールセカンド、そしてジュネーブストライプで美しく装飾されたムーブメント。これらは、とても自然にそれらの時計に溶け込んでいて、私の時計のデザインの現代的な要素とうまくミックスされています。そして、時計は美しさだけではなく、その寿命も非常に大事です。100年以上の時を経た時計をいくつも修理・修復してきて思うのは、自分の時計には何世紀も正確な時を刻み、美しさを保って欲しい、ということです。今のキャパシティーでは、1つの時計に5-6か月はかかるでしょう。前述のように、すべてのパーツはこの時計用に自分で作らないといけないので。ネジ1つとってみても、他から持ってきて転用できるものはありません。自分で手作りした主なパーツをリストアップすると以下の通りです; 巻き上げカナ、スライドピニオン、香箱真、香箱、香箱フタ、二番車、三番車、四番車、ガンギカナ、アンクル真、 テン真、慣性ウェイト、筒カナ、筒車、日の裏車、日の裏カナ、小鉄中間車、ヒゲ持ち、ブレゲ端曲線、巻真, 丸穴車、角穴車、すべてのネジ、地板の受け石。もちろん、ムーブメントのすべての装飾もインハウス。地板、受け、そして脱進器はReima Koivukoski (Kronowerk.com)に作ってもらいました。ケースもReimaに「ダニエル手法」で作ってもらいました。銀製の文字盤は、著名なエングレーバーのBenzinger氏にお願いしました。外注したパーツは、主ゼンマイ、加工前ヒゲゼンマイ、ルビー、サファイアクリスタル、ストラップです。手作りが非常に難しかったのは、スライドピニオン、アンクル真、そしてシンプルに見えるかもしれませんが、ヒゲ持ちでした。スライドピニオンにあるブレゲラチェットを作ったことがなく、まずはそれを切り出すカッターから作らなければならなかったのです。リューズを逆回しにした時にこの「歯」を感じ、その「カチカチ」という感覚は特徴のあるものですから、これらは非常に大事なパーツです。 ヒゲ持ちは、そのサイズゆえに非常に大変でした。いくつかのネジやアンクル真と同じくらい、時計部品の中で最も小さいものです。アンクル真は、部品として小さいだけでなく、たった0.06㎜という直径の軸であり、受け石にピタリとはまる正確に円錐状でなければなりません。受け石があるために「遊び」が許されず、長さも正確に0.01㎜でなければいけませんでした。


スライドピニオン


カナ

• 完成予定時期は? どういうバリエーションがある? 価格は? デリバリーはいつごろ? 保証? 販売方法は? その他、日本のファンに。

それぞれの時計は、「ピースユニーク」と思っていただいて結構です。文字盤のエングレービングや、色、ケース素材、ムーブメント装飾等々、組み合わせはお客様次第です。銀製文字盤のギョーシェ模様は、Benzinger氏によって手で彫られます。そして、文字盤の色や装飾、ギョーシェのパターンは、お客様次第です。ケースデザインについては、最終的にデザインが固まれば発表します。もう少しお待ちください。価格についてはまだ考え中です。時計の完成までお待ちください

* 編集注: なお、最後になって非常に残念な報告だが、この第1号時計は、すでに買い手が決まっているので、読者の皆さんが手に入れることはできない。しかし、完成した際には写真での公開はOKなので、それを待ちたい。





地板その他デザインCAD




プロトタイプ製作中


文字盤(未完成)

ご質問、あるいは時計について話したいことがあれば、私のウェブサイト(pelliotwatchmaking.com)を見ていただき、あるいは直接コンタクト(peter.elliot.glomb@gmail.com)して下さって結構です。 インスタグラムでも進捗を逐次載せていますのでよければフォローしてください (@p.elliotwatchmaking)。
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いかがだっただろうか。しっかりと目標を持ち着実にその道を歩いてきている。地に足のついた感じがする若者?だ。奇をてらわず、自分の経験上、これがいい、という機構・意匠を自分の時計作りに取り入れる。そして、できる限り自分の手で作ることを是とする時計師を目指す。1つに5-6か月かかるとなると、その値段が心配になるが、完成したあかつきにはまたここでご紹介したい。

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