磁気検出君テスラメータの製作

 By : CC Fan

いつものWMOとはだいぶ方向性が異なりますが、理解を深めるために測定器を作ってみようという記事です。
Twitterでテキトーにやっていましたが、結構使える物ができたのでまとめておこうかと。

「機械式時計の大敵」とされる磁気、現代では利便性のためにあらゆるところに磁石が埋まっており、磁気帯び不可避、耐磁時計を使うしかない!というのに対し、私は「避ければいい」というスタンスを取ってきましたが、避けるための指標として「磁気」を可視化すれば良いのではと思いつきました。
磁気を測定するための機械としてはテスラメーターという専用の測定器が販売されていますが、それなりのお値段(開発費と需要を考えると決して高いとは思いませんが)なので、センサー部だけ買ってきて自分で作ってみました。

「簡単に手に入る」という事で、秋月電子通商で入手できるパーツ限定でやってみました。
(※肝心要の磁気センサーが生産終了品の在庫流れ品なので安定的な量産には向かないと思います、あくまで趣味の工作レベルの話です)

まずは結果的に失敗だったXP1(eXperimental Prototype 1:先行試作1号)から。
これはソニーの磁気抵抗素子、DM-106Bをを使いました。
磁気抵抗素子は金属薄膜を用いて、その名前の通り通過する磁気によって抵抗値が変化する素子です。

DM-106Bはニッケルコバルト薄膜の磁気抵抗素子を磁気(磁束)に反応する方向を90度変えた上で2個並べた素子で、磁気の方向によって抵抗分圧による出力電圧が変化します。


1-3番ピンに電圧をかると、磁気が無い状態ではRA=RBなので1/2の電圧が2番ピンに出てきます、ここで磁気をかけるとRAは垂直方向に磁気が通過した時に抵抗が最大になるように、RBは水平方向に磁気が通過した時に抵抗が最大になるように薄膜が配置されており、これによって磁気の回転を検出するというのがこの素子の本来の使い方です。
抵抗の変化はある程度までは磁気の強さにほぼ比例するため、上手くやれば磁気の強さも検出できるのでは?と考えたわけです。

感度は8000A/mの回転磁界を与えたときに80mVp‐p、空気(真空)中で磁束密度テスラに換算すると10mV/mT程度と考えられ、充分に高感度と考えました。



完成したXP1、表示はテスタ(デジタルマルチメータ)を使う事でセンサ部だけを作れば良いようにしました。
向かって左がテスタ、真ん中がセンサ部、右に見える基板が電源です。

電源電圧は推奨値が5Vでしたが、あとから感度向上のために電圧を上げる可能性と、ノイズを減らすために12V1AのACアダプタ可変超ローノイズ電源基板を組み合わせて作りました。
この基板はDIPスイッチで100mV単位で出力電圧がデジタル的に設定でき、結果的にこれがXP2の時に役に立ちました。



センサ部分は、ユニバーサル基板で組みました。
二つのセンサ対抗方向に接続するブリッジ接続で感度を倍にしたうえで、中点電位を作るバイアス回路を不要にしています。



逆側にはブリッジのバランスを調整する半固定抵抗と電源からの配線、テスタへの配線、要するにデータシートのブリッジ回路そのままです。



半固定抵抗はとりあえず1割ぐらいという事で、300Ωに。
これが大きいほどバランスの調整能力は上がりますが、相対的に感度が下がるので小さい方が良いです。

さてこれが…見事に大失敗!

問題は強磁性体に存在するヒステリシス(磁気履歴)という性質で、これは「外部から与えられている磁界がゼロになっても磁化が内部に残る」というもので、永久磁石が外部からのエネルギー無しで磁力を保つ理由や磁気帯びの原理そのものです。
ザックリいえば、このセンサー自体が磁気帯びしてしまって、ゼロ点がずれてしまうため、毎回脱磁してから使わないと正確な値が分からないという事です。
感度自体はそれなりに高いのですが、これではあまりにも利便性が悪いですし、磁化しているという事はこれ自体が微小な磁石みたいなものなので心情的にあまり使いたくないです。

この性質が分かってからデータシートを見ると、ヒステリシスがあること自体はちゃんと触れられています。


電源5Vの時に、H(磁界の強さ)とVc(中点電位=ピン2の出力電圧)の対応関係を示すグラフですが、Hが0になっても中点電位が同じ位置に戻らず、なおかつ矢印が書いてあります、これはHが増加するときと減少するときに異なる点を通過し、現在の状態は過去の状態に依存する、というヒステリシスの性質を如実に表しています。
一応、毎回脱磁するかゼロ点補正をすれば、微小点の測定には使えるのと、そもそもこの素子は回転磁界の角度を求めるためのものなので用途に合っていないだけではあります。

あとは磁気抵抗素子は磁界の強さは求められても方向(N極とS極)は求められない…というのも片手落ち感がありました。

磁気抵抗は諦めてホール素子を使ったXP2に切り替えました。

ホール素子というのはエドウィン・ホールという物理学者が発見したホール効果によって入力した電流と磁界の両方に直交した方向に「ほぼ」比例した電圧が得られる素子で、強磁性体ではなく半導体を使っています。
そのためヒステリシスはほぼ存在しないはずで、磁気抵抗のようなゼロ点がズレる現象はないと考えられれます。
ホール素子・磁気センサ大手の旭化成マイクロシステムのサイトが非常に分かりやすくまとまっています。
このページの図で入力電流・磁界・ホール電圧の関係が伝わりますでしょうか?

ただ、「ホールセンサ」と呼ばれるものは内部にホール素子だけではなく、増幅用アンプや一定の磁束密度以上かを判断する比較回路を内蔵していて、「一定の磁束密度以上になったらスイッチを入れる」という動作をするデジタルホールセンサが多いです。
これでも磁界の有無は分かるのですが、今回は微小な磁束密度を測りたいのでこれでは不十分です。

唯一、ホール素子むき出しの旭化成マイクロシステムのGaAsホール素子HG-166A‐2Uが買えたので、これを使う事に。
GaAs(ガリウムひ素)は有毒で、更にホール素子むき出しで静電気で破損しやすいので、できれば保護回路とアンプが入っているリニアタイプを使いたいところではあります。



というわけでXP2。
テスタと電源回路はXP1からの続投、センサ部分だけ作りなおしました。



6ピン表面実装からDIPに変換して、裏面に配線用のパターンまであるおあつらえ向きのSOT23変換基板が見つかった時点でほぼ完成したようなもの。

この図ではわかりにくいですが、ホール素子は表裏逆(パッケージ刻印が基板側)に取り付けてあります。
その方が足が基板に近いからですが、本来であれば基板に穴をあけて埋め込んだ方が感度と出っ張りの削減という意味では良いと思います。



裏面は基本的にホール素子の4端子(2入力・2出力)をそのまま引き出しているだけですが、入力側の+側に100Ωの抵抗を挟んであります。

これは、「ホール素子の抵抗値は温度によって変化する」「ホール素子の出力電圧は入力電流に比例する」という特性から、ホール素子に一定の電圧を与えていた場合、抵抗値が変化→入力電流値が変化→出力電圧が変化という因果関係で感度が変化してしまう問題に対する解決策です。
この抵抗はホール素子自体よりも温度に対する変化(温度係数)が少ないため、測定前にこの抵抗の両端電圧を測ってホール素子に流れている電流を一定に調整することで、感度を常に一定に保つことができます。
定電流駆動という方法で根本的に解決することもできますが、ちゃんとした性能を出すためには回路規模が大きくなってしまうので多少は人間側に頑張ってもらうことにしました。
電圧自体は電源で100mV単位で設定できるので設定は楽です。

素子の特性上は5mAの入力電流を流すことで、2mV/mTの感度が得られます。
コイルと定電流電源を使った簡易校正機で確認したところ、確かにそれぐらいの感度なので5mAで運用することにしました。

今回はヒステリシスが無く、磁石に近づけると最大400mV(200mT)まで上昇したのち、離すと0.7mV(オフセット)まで戻っていることが確認できます。
ー0.7mVはホール素子のバラつきによる不平衡電圧なので、テスタのヌル機能で除去してしまえば特に問題はありません。

この箱は剥き身のネオジム磁石が紙で固定されている構造なので200mTが出ていますが、ふたを閉じると磁気回路が閉じるため減少します。



20mTまで減少していることが分かります。

更に、「避ければいい(密着しなければいい)」の根拠も。

密着状態では175mT相当ですが、少し離せば10mT、3センチほど離すとほぼ1mT以下になっていることが分かります。

撮影をiPhoneでやってるので測っている様子は撮れませんでしたが、iPhone12miniのMagSafe吸着用磁石は本体側が20mT、MagSafeバッテリーは100mTほどあってむしろバッテリー側が強力に引っ付いているという事が分かります。

ただ、バッテリーを張り付けた状態でバッテリー表面で3mTほどに減少するため、バッテリーを張り付けた方が相対的に安全になっていると言えます。

ケース最大30mTぐらいか?
極性が切り替わっていることからNとSが交互に並んでいることが分かります。
片面の磁力を強めるハルバッハ配列なのかもしれません。

MagSafeの方が強いですが、カメラからも10~20mT程度の磁束が漏れています、これは手振れ補正用の位置検出兼駆動アクチュエーターの磁力だと推測されます。

時計自体もライネを測ってみましたが、特に磁気は検出されず…
逆にQ&Qを測ってみるとモーターと思しき磁力が検出できて、おお高感度だ!とうれしくなります。

実際に作って目で確かめられるというのは恐れの対象だった「闇に包まれて見えない磁力」を「知の闇を照らす灯」としての科学によって克服した!(カール・セーガン)と言えるのではないでしょうか。
GaAsホール素子の扱いや細かいハンダ付けがあるので万人に勧めるわけにはいきませんが、磁気は恐ろしいものだ「知らないうちに」磁気帯びすると考えるよりも、自ら対策するのは如何でしょうか?

実際問題、今回の磁気測定君XP1と2でかかった原材料費は1万円もしませんが、テスタが0.001mVまで対応の高性能品で性能を担保したことでこれが、5万円すること(1万円程度のテスタでも測定自体はできる)、一般的にアナログ値で分かる必要はないな…という事に気が付いたので、次なる製作はJISで定められた非耐磁時計の基準である1600A/m以上の磁界がある・ないだけを検出する磁気検出君デジタル(仮)でも作ろうかと。
電源も電池にすればポータブル行けるか?