クリストフ・クラーレ マエストーゾ 2週間普段使いインプレッションとアップサイドダウン構造について

 By : CC Fan


"ブラック顧客"として、我がカンタロス(Kantharos)がメンテナンスに帰っている間という約束で、クリストフ・クラーレのデテント1号機、マエストーゾ(Maestoso)を借りました
借りてからの2週間、普通に"普段使い"するというある意味一番過酷な使い方をしていました。
Twitterで散発的に状況をアップデートしていましたが、2週間経ったので一旦インプレをまとめようと思います。



受け取った直後にYakitori Partyで。
カンタロスよりも小さく(44mm)、薄い(13.59mm)なので個人的にはかなり小さく感じます。
このモデルは"ホワイトゴールド"ですが、ホワイトゴールドはベゼルとバックケースのみで、ミドルケースの黒い部分はPVDを施したグレード5チタンなので、ほぼフルチタンのカンタロスと同じ感覚で扱えます。
一度、フルローズゴールドのモデルを拝見したことがありますが、そちらはかなりずっしりとした重みを感じました。
ただ、マリンクロノメーターインスパイアという事を考えると、ローズゴールドで真鍮色のムーブメントの方がより似あっているのかも…と思いました。



というわけで普通に本業に着けていって日常使いです。

懸念点だったコンスタントフォースはどうか?という点に関しては、ロックは発生しませんでした。
以前も書いたように、発表こそマエストーゾの方が後ですが、開発は先行しており、マエストーゾの知見をもとに簡略化し(て大事故を起こし)たのがカンタロスのコンスタントフォースであり、マエストーゾの方が余裕のある作りになっています。
一番の特徴はレバーと制御カム、カンタロスが4番車から変速した5歯のカムを5秒で1回転させるのに対し、マエストーゾは4番車と同軸の15歯のカムを60秒で1回転させます。
どちらも1秒で1回送る1秒コンスタントフォースですが、マエストーゾの方がカムに与えられるトルクは多くなっており、ロックしずらいと思われます。
また、マエストーゾは制御レバーが独立した2つあり、交互にロックと開放を繰り返す仕組みになっており安全性は高いでしょう。

デテントについては3つの安全装置がちゃんと働くのか?というのが気になっていました。
  • 360度以上振れることを防ぐため、テンワ軸に歯車を追加し、振れ過ぎたらブレーキをかける機構
  • 停止解除以外のタイミングでデテントレバーが動かないようにする追加カム(アンクル脱進機と似た考え)
  • 脱進機モジュール全体をフローティングさせれ衝撃を吸収する機構
これらは特許を取得しており、今年の新作アンジェリコ(Angelico)には実装を小変更して前の2つが使われました。

最初のものはせっかくの自由振動を行うデテントに歯車つけたらどうなの…と思いますが、ブレーキが働く時以外は噛み合っているだけで、精々慣性モーメントに歯車の重みが加わるだけと考えればまあいいのかなと思う反面、できれば古典のようなスマートな解決策にはできなかったのかなとは思います。
おそらく部品が小さすぎてピンを設けるのは無理だったんじゃないかなと。

2番目のものは僅かにレバーが重くなる以外、ほぼデメリットなしでより安全にできるので良い解決策だと思います。

3番目は効果があまりわからなかったというのが正直なところ、規制バネが結構固く、"これ本当に動くのか?"という感想です。
もしかしたらいざというときに効いていたのかもしれません…

とにかく、クラーレ曰く"氷山にぶつかり続ける"ような腕上の環境で2週間止まることなく動き続けた、というのは事実です。



使い始めて数日は姿勢差が大きい(文字盤下で 30秒/時ぐらいになる)という問題がありましたが、しばらく使っていたら自然に治りました。
おそらく、しばらく使われていなかったので油が偏ったりしていた影響ではないかと思われます。
やはり時計は日常使いしてこそだと再認識しました。

デテントどうこうより、4振動/秒(14,400振動/時)という低振動の方がやはり問題で、ドレスウォッチ的に"優雅"な生活で使う、または置きっぱなしにしている分には機械式時計に許容させると考えられる数~十数秒/日の精度を保っていますが、腕を振るなどアクティブな動きが多いとすると1分/日ぐらいズレてきたりします。
これは振動数と同じ周期の外乱は防げないという、原理的なもので追加機構やテンワの慣性モーメントどうこうで何とかなることではないため、仕方がないと割り切るべきことだと思います。
高振動化で携帯精度がよくなるというのは、振動数が高くなるほどそれに同調する周期は日常生活にないからで、分かりやすいのはクオーツ時計が高精度なのは水晶自体のバラつきの少なさに加え、32kHzであればほとんどの日常的な振動の影響を受けないからです。

流石に私もアクティブな仕事の時は外すようにしましたし、ケ・デ・ベルクという優秀なヘルパーも居ます。

先ほどの写真で何か違和感は感じませんでしょうか?
長針と短針が重なっていますが、短針が長針で隠れていません、つまり、通常の時計とは逆で、短針の方が上にあります。



横から見るとこんな感じ、短針の方が上にあるのとルビー針の厚みが伝わりますでしょうか?

これはクラーレのアップサイドダウン型のエボーシュに特徴的な作りで、通常針の真下にあるツツカナや日の裏車、ツツ車といった針を動かすための歯車や時合わせ輪列をムーブメント裏側に配置する構造になっているからです。



通常は文字盤側にある時合わせ輪列がムーブメント裏側にあります。
おそらく、クラーレとしてはせっかくのトゥールビヨンを鑑賞するときにツツ車が遮るような構造が許せなかったんじゃないかなと思います。
というと世間のトゥールビヨンの大多数を敵に回しそうな気がしますが…
結構な割合でツツ車が遮っています。

構造の説明としては"ツツカナの構造が表裏ひっくり返っている"で終わりなのですが、Twitterで話したりしても、イマイチ伝わらないようなので以前に作った図解を掲載します。



通常は香箱がムーブメントの文字盤と逆側にあり、2番車の出力が文字盤側に伝わったのち、同軸構造でツツカナ、ツツ車が取り付けられツツカナからツツ車は日の裏車で12:1に減速されて分(1時間で1回転)から時(12時間で1回転)を作ります。
ツツカナと2番車の軸は摩擦で時合わせの時だけスリップする摩擦クラッチになっており、日の裏車に噛み合った時合わせ輪列で時間を合わせられます。

アップサイドダウンエボーシュではこれが逆で、香箱が文字盤側にあり、2番車の軸は中空になっています。
ツツカナは被せるのではなく、逆に内側に入る構造になっており、更に時針の軸は中空で真ん中を通ります。
明らかに同軸部分の距離が増えていてて機械的には微妙で、調整もめんどくさそうですが構造を見せるアップサイドダウン構造でツツ車を見せたくないという心意気だと理解しました。

ランボルギーニの名作カウンタックの運転席側のミッションから折り返してエンジン内をドライブシャフトが通る構造に似てる…ともいえるかもしれない?

また、ツツカナとツツ車がムーブメント裏側に露出しており、計時輪列が文字盤側にあってムーブメントの裏面に自由なスペースがあるという事はコンプリケーションのベースに使うのに向いているという事でもあります。
トゥールビヨンエボーシュに永久カレンダー付けたアレとか、デテントエボーシュにリピーター付けたアレとか…



"大先輩"と。
進化の系譜で考えるとマエストーゾは18世紀のロングレバーデテントに各種安全装置をつけて"腕化"したもので、デテント天文台クロノメーター(仮)はロングレバーデテントから各種最適化を行ったショートレバーデテントで進化のベクトルが異なる"似て非なるもの"だと思います。
マエストーゾは18世紀のマリンクロノメーターそのままの見た目を腕に乗せるのが目的で、天文台クロノメーターはとにかく精度と懐中時計基準での安全性を向上させるのが目的と言え、そもそも目指しているところが違うのだと理解しています。

"機械として正しい"方向なのはクロノメーターの方で、マエストーゾは美観を優先したと思える箇所が複数あります。
一番分かりやすいのはガンギ車の軸とデテントレバー軸の配置で、クロノメーターはテンワの下に配置した独立した小さなブリッジにコンパクトに配置してテンワを遮らないようにしているのに対し、マエストーゾはサファイアブリッジと地板の間に軸を通しているのでテンワを遮ってテンワの直径を大きくできない構造です。
これはコンスタントフォースの入力が下側で出力が上側というのも絡んでいます。

テンワ自体が大きく、ガンギ車を遮らないため、結果的にはデテントで特徴的なガンギ車の動きは天文台の方が見やすいというのは皮肉な結果です。
コンスタントフォースとガンギ車が同じブリッジにあるせいで組み立ても大変だと思われますし…

と言うか、美観を優先しなければサファイアクリスタルのブリッジなんか使わないか…

会う人に見せていますが、デテント脱進機という事がなかなか伝わらないのが微妙ではあります。

以前の記事にも書きましたが、ノーブルスタイリングさんにご協力いただけることになったので、このページを読んでいる方でご興味がある方は恵比寿のノーブルスタイリングギャラリーにお問い合わせください。
お話をいただければ、マエストーゾを持って馳せ参じます。

もちろん、私の連絡先をご存知の方は直接お話をいただいてもOKです。

まだまだ楽しめそうです。
ちなみに、借りるときにフランス語の書類にサインしましたが、調べたところ"外泊証明書"ではなかったようで一安心です…

関連 Web Site (メーカー・代理店)

CHRISTOPHE CLARET
http://www.christopheclaret.com/

Noble Styling Inc.
http://noblestyling.com/