ヴィアネイ・ハルター ディープ・スペース・レゾナンスの機構と表示を探る

 By : CC Fan

新年早々【速報】を出すほどの衝撃だったヴィアネイ・ハルター(Vianney Halter)のディープ・スペース・レゾナンス。
元になったディープ・スペース・トゥールビヨンは3年前に詳細をレポートしました、今回のものは「レゾナンス」に合わせて新しい機構が組み込まれているのと、前回のやり方はいまとなっては伝わりにくいかな…とも感じるので「いつものやり方」で改めてレポートします。



「レゾナンス(共振)」と称する機構は今までも取り上げてきましたが、ヴィアネイが選択したのはアコースティック(音響)によるレゾナンスで、二つのオシレーター間に明示的な機械的要素による接続が無く、空気の粘性・音によるタイミング情報のやり取りによって共振が発生するものです。
これを検証するための検証機がまず作られ、条件が探られたようです。



金属製の板の上に直線状に輪列が組まれたアコースティックレゾナンス検証機、Vianney HALTER 2007 Ste-Croixという文字から研究機関の長さが窺われます。

輪列は点対称(回転対象)に裏面にも組まれており、二つのテンワがヒゲゼンマイ側を向かい合わせる形で同軸上に重ねられています、他のレゾナンスとの最も大きな違いはここで、他のレゾナンスはいずれもテンワを横に並べています。
この方式は突飛に見えますが、振り子を前後に並べたジャンヴィエの方式と同じと見ることもでき、修復にルーツを持つヴィアネイらしい…と捉えることもできそうです。

ただし、重なり方向にテンワを重ねるため、どうしても厚くなってしまうのが問題になると考えられます。
しかし、ヴィアネイのコレクションにはダイナミックに動く3軸トゥールビヨンのディープ・スペース・トゥールビヨンがあり、これに上手く組み込むことができればレゾナンスによる厚み増加はほとんどない構成が実現できます。
ディープ・スペース・トゥールビヨンは通常の加速輪列輪列自体をトゥールビヨンの各軸に置き換えたような構造で、輪列の終端に「継ぎ足し」で三軸をつけたのではなく、まさに「最適化」された3軸トゥールビヨンとも呼びたい作品でした。


3軸トゥールビヨンユニットは30分で1周するクレードル(最外周ケージ)、6分で1周する中間ケージ、1分(60秒)で1周する最内周ケージのそれぞれの回転軸が90度で交差(直交)しています。
クレードルが回転することでクレードルと同心円に設置された固定クラウンギアに噛み合う輪列が中間ケージを動かし、中間ケージが回転することで中間ケージと同心円に配置された固定ギアに噛み合う輪列が最内周ケージを動かし、最内周ケージは固定された4番車の周りを回る…とトゥールビヨンの概念をそのまま3軸に拡張したのがディープ・スペース・トゥールビヨンの基本概念でした。

しかし、今回のディープ・スペース・レゾナンスはそれよりも複雑そうな構造に見えます、これは共振しているとはいえ2つのテンワには独立した回転を与えないといけないという事情に起因します。
共振が同期化するのはあくまで二つのテンワの平均速度であり、脱進機の解除タイミングのバラつきなどにより瞬時速度までは一致しません、そのため同じ直結輪列から2つの脱進機を動かすと片方がもう片方に無理やり動かされる形になって動作が破綻します。

これを避けるために、他のレゾナンス実装では独立した輪列を2つ設けたり、片方のガンギをバネ結合にして2つのガンギがそれぞれ自由に回転(瞬間速度が異なっても良い)できるようにしています。
ヴィアネイの検証機も独立した輪列を2つもつ方式でした、しかしこの独立した輪列を設けるという方式はディープ・スペースの3軸トゥールビヨンではそのまま使えないため、何からの別方式で実現する必要があります。



ディープ・スペースの3軸トゥールビヨンの構造の特徴として、クレードルと固定歯車が噛み合うポイントを2つ設けることができます。

ディープ・スペース・トゥールビヨンでは特に活用されていませんでしたが、レゾナンスではこの構造を利用し、脱進機にそれぞれ独立した回転を伝える脱進機駆動輪列と最内周ケージそのものを回転させる最内周ケージ駆動輪列を分割し、全体で動作が釣り合うようにするという構造がとられました。
これにより、トゥールビヨンでは固定されている固定4番車側からも駆動力を伝えるというユニークな構造になりました。



元々のディープ・スペース・トゥールビヨンの輪列に近いのが脱進機駆動輪列です。
クレードルの同心円上に配置された固定歯車に噛み合った入力歯車がクレードルの回転に伴って回転することで、中間ケージ全体が回転します。

中間ケージが回転するとクレードル上に取り付けられた固定歯車と差動歯車機構(デフ)ケースに取り付けられた歯車が噛み合う事で差動歯車機構を回転させます。
差動歯車機構は、入力された1つの回転を2つの回転に分割し、それぞれの加速輪列1・2を通ってトゥールビヨンの固定4番車に相当する駆動歯車1・2を回転させます。
この歯車が回転することで脱進機1・2にトルクが与えられ、それぞれ脱進動作を行い、テンワが共振周波数で振動する事で回転速度はそれぞれ一定になります。

差動歯車は1つの回転を2つに分割しますが、滑るわけではないので3つの回転の関係は常に一定になります、言い換えると2つの脱進機が自由に脱進した結果の回転速度の平均が入力回転速度になります。
これにより、1つの入力軸から2つの独立した脱進機を駆動することができました。
共振により二つのテンワの平均振動数が等しくなればデフはほとんど50:50の分割しかしない直結に近い動きにはなりますが、初期の同期していないときなどにも破綻なく動くために必要です。

ディープ・スペース・トゥールビヨンでは直接トゥールビヨンケージを動かしていましたが、通常のトゥールビヨンで固定である4番車を動かすことでうまく力を伝えています。

しかしこのままでは、非トゥールビヨンの輪列と同じで、最内周ケージは回転しません。
それを行うのが反対側の最内周ケージ駆動輪列です。



最内周ケージは1枚の大きな歯車の表裏に同じ構造のテンワと脱進機が180度反転した構造で組まれています。
すなわち、この歯車を60秒で1回転するように輪列を組んで動かしてやればいいことになります。



そのために、脱進機駆動輪列の反対側に組まれたのが最内周ケージ駆動輪列です。
クレードルの回転によって伝えクラウンギアが回転し、このギアの回転方向は中間ケージの逆で、同じ速度で回転します。
この回転を中間ケージにある最内周ケージ加速輪列で最内周ケージ歯車まで伝えることで最内周ケージが回転します。
脱進機駆動輪列側の作用によりクレードルと中間ケージは設計値で回転するため、最内周ケージも同じく設計値で回転します。
4番車と最内周ケージは逆方向に回転するため、トルクは常にかかっています。

これは、4番車側を固定せずにある程度のトルク伝達を担わせたブランパン(ヴィンセント・カラブレーゼ)のカルーセルに近いと見なすこともできるかもしれません。

1つのクレードルの回転から、脱進機駆動用の回転と最内周ケージ駆動用回転を作り、更に脱進機駆動は差動歯車機構で2つの脱進機を独立に動かしてその平均を取るようにしたと見なすのが良いでしょうか。
ディープ・スペース・トゥールビヨンのケージ構造をうまく使った合理的なシステムだと思います。



別角度の写真で見てみましょう。
最内周ケージ駆動輪列側の軸が短いことが確認できます。
これは、クレードルの外に突き出す中間ケージ駆動軸に対し、この軸はクラウンギアに設けられた軸受けで受けるためです。

最内周ケージ歯車が最も直径が大きいですが、中心にあるためクリアランスの余裕は大きいと考えられます。
固定4番車相当駆動歯車が2枚重なったような構造になっているのは片方が加速輪列からの出力を受け取り、もう片方がガンギのピニオンに噛み合うためとトールビヨンユニットを逃がすためと考えられますが、それに加えボールベアリングで支持するための厚みを稼ぐ狙いもありそうです。



もう1つの別角度でも。
最内周ケージ駆動輪列側の方が付き出ている軸径が大きいことが分かります。
これは、先程と同じくケージを支える受け石はクラウンギア内にあり、ギアが取り付けられている軸は伝えクラウンギアの軸だからです。
この歯車は片持ち相当で負荷が大きいためか、ボールベアリングで支持されています。

レゾナンス用の2つの共振器をディープ・スペース・トゥールビヨンのケージ構造を活かして上手く納めたという感想です、ディープ・スペース・トゥールビヨン用のVH113は部品数317個・41石と「たった」と言ってもいいような構成部品数でしたが、ディープ・スペース・レゾナンスは371個・石数は現時点で非公開と、そこまで増えていない印象です。

これは、表示機構をノギススケールにして60分で1周する分針相当とそれをクレードルから駆動する機構が無くなったのも大きいかもしれません。


ディープ・スペース・トゥールビヨンのクレードル、外周の爪が表示機構を非連続的に駆動する。

表示機構はアンテナ型の時分針が外周から伸びている構造から、ディスク状の表示になりドーム状風防のスペースをよりトゥールビヨンに集中させることができています。
ディスクとしては12時間で1周するディスクしかないものの、ノギスの数学的特性を使う事によって1分刻み(慣れればもっと高精度)で読み取ることができます。



12時間で1周するディスクは15分(クオータ)の目盛を含めて48目盛りがふられています。
目盛りの下には正時の数字が書かれており、12時位置の時間用開口部ではその数字を見せて、時間とクオーターまでのザックリとした時間を読み取らせます。
この表示では、3:00から3:15分の間だという事が読み取れます。

6時位置にあるのが15分単位読み取り用のノギススケールで、必要なのはディスクの目盛だけなので開口部は目盛りだけを見せています。

ディスクの16目盛り分の長さを15分割した目盛りが外周に切られており、ディスクが目盛の15分の1(クオータの15分の1なので1分)進むごとに、外周の目盛とディスクの目盛が1直線になり、クオータ内で+何分かと表示します。
細かい動き(微動)を直線の重なりに置き換えて読みやすくするというのはまさにノギスの方法論です。
この表示により、ディスクは12時間で1周するものだけでよくなり、機構のシンプル化にも貢献しています。

レゾナンスという考え方だけではなく、それをうまくディープ・スペース・トゥールビヨンの世界観に落とし込むのは流石のヴィアネイ!

これを踏まえたうえで、改めで動画を見ると…どうでしょう?



Copyright Vianney Halter and The Horophile.

どうせなら、以前の記事のディープ・スペース・トゥールビヨンも…










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