ブレゲ 2022年新作、「マリーン オーラ・ムンディ 5557」の実機レポートとインスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムを理解する

 By : CC Fan

ブレゲが2022年の新作として発表した「マリーン オーラ・ムンディ 5557」
、初代ブレゲが製作したマリンクロノメーターの意匠を取り込んだ「マリーン」コレクションとクラシックコレクションで熟成されたインスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムを備えた「オーラ・ムンディ」コンプリケーションが初めて組み合わされたブレゲらしいコンプリケーションウォッチです。

今回、早速実機を拝見する機会が得られましたので、実機レポートと共にふんわり理解だったインスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムを特許まで調査して理解することができたのでレポートします。



まずは実機を。
マリーンと言えば波を模したユニークなギロッシェダイヤルが印象的ですが、それに加え「オーラ・ムンディ」による世界旅行をイメージする世界地図の意匠が加えられました。
これは厚み0.4mmのサファイアクリスタルを用い、両面からの研磨や荒らし加工、金属蒸着(メタライズド加工)を組み合わせて立体的な表現を実現しています。

大陸は裏面からサファイアクリスタルの表面をサテン仕上げした上で金属蒸着を行い、過度に光を反射しないようにしています。
同じく海岸線を縁取るターコイズカラーも裏面から加工されています。



地図の緯線と経線はサファイア表面側から蒸着されているため、サファイア裏の世界地図・ベース文字盤のギロッシェの海から見ると「浮いている」ような効果が得られています。
大陸とは違いエッジが立った仕上げでまるで金属のフレームが本当に浮いているかと錯覚するようなシャープさでした。



オーラ・ムンディシステムの一部を構成する24時間表示デイ&ナイトはローズゴールドの太陽とロジウムの月で控えめに表現されています。
完全に隠すのではなく、サファイアを擦りガラス状にして日の出日の入りを表現しています。



インスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムは文字盤側にあるので、ケースバックからの眺めは通常の自動巻きに見えます。
ローターは船の舵輪を思わせる意匠です。



使いやすいバックルも同じく舵輪を思わせます。



ローズゴールドケースではまた違った表情を見せます。

さて、オーラ・ムンディのコア技術となる「インスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システム」とは何でしょうか?

これは世界各地の都市から任意の2つの都市を選択し、プッシャーを押すたびに2つの都市間を瞬時に切り替える仕組みです。
いわゆるデュアルタイムに類する機能ですが、複雑になりがちな補助目盛やサブダイヤルではなく、12時間表示・デイ&ナイト・地名表示・日付がプッシャーを押すごとに切り替わり、同じ時計が2つあり、瞬時に入れ替わっているような使用感で使うことができます。

これを実現しているのが機械的に情報を記憶している機械式メモリと呼ばれる機構です。
仕組みを見ていきましょう。


基本特許、EP2362277B1の図版を引用します。
文字盤下に隠されたインスタント・ジャンプ・タイムゾーン表示システムの機構で、2つの機械式メモリ(A/B)とそれを連結する伝え連結車、機械式メモリから読みだした時差情報をベースムーブメントのUTC時(時差0)の時間に足し合わせる差動歯車ツツ車、そして交互選択カム&レバーで構成されます。



機構の中心部は機械式メモリ(記憶装置)です。
これはハートカムにばねで固定された24ノッチのインデックスをつけたもので、「ハートカムに対する歯車の回転角度」という形で情報を機械的に記憶することができます。
このメモリを2つ用意し、それぞれが記憶している情報を交互に呼び出すことができれば瞬時切り替えは実現できそうです。


交互に読みだす、を実現するのが交互選択カム&レバーです。
これはプッシャーを押すたびにシーソー状に交互に機械式メモリのハートカムを所定の角度に設定する機構です。
レバーが押さえている方の機械式メモリのハートカムに対するノッチの位置(時差情報)が伝え連結車を経て差動歯車に伝わることで、「UTC時+時差」という計算が行われ、その時差のローカルタイムが表示されます。
この押さえている状態で後述する設定用リュウズから新しいノッチ位置情報を送り込むことで時差を設定することもできます。

選択されていない方はハートカムが押さえられていないので自由に回転することができるため、ノッチ位置も変化しません。
プッシャーを押すとレバーが片方のハートカムを解放→もう片方のハートカムを固定というシーケンスで交互にAとBの設定値を読み出します。


交互選択のプッシャーを兼ねた設定用リュウズを引き出すと設定用輪列に噛みあい、伝え連結車から機械式メモリ角度の設定が行えます。
選択されていない方は自由回転するため値は変わらず、選択されている方に設定値が記憶されます。
2つの機械式メモリAとBは完全に等価なので、ユーザーはどちらを選んでいるかは意識せずに使うことができます。


「入力」の設定用のリュウズとは逆に、「出力」の現在地を表示する地名リングも機械式メモリの角度から駆動することができます。
ただし、機械式メモリの構造上、±12時間以上は進めることができません、そのため地名リングは無限に同じ方向に動かすことはできず、それ以上進めない位置には戻すことを求める矢印が表示されます。


センターの時針は差動歯車によってベースムーブメントの出力に機械式メモリの時差を足し合わせた12時間表示になります。
これをさらに1:2に減速すれば4時位置にあるデイ&ナイト(24時間表示)になります。
この24時間表示の24時付近で爪で送るようにすればカレンダーも実現できそうですが、インスタント・ジャンプで進み戻しを実現しつつ信頼性の高い日付表示を実現するために別の特許を使っています。


それがこの特許、CH702805A2です。
一般的な日付表示は真夜中にだけステップ状に動きますが、この特許では日付リングは24時間計と直接噛みあい、連続的に動き続け、24時間リングと位相が一致します。
これに加え、「今日」を指し示すための補助針を24時間で1周する制御カムで動かします。

動きを見てみましょう。


真夜中以外では制御カムは徐々に低くなっていき、それを読み取ったレバーによって補助針はメインリングと同期するように動きます。
これは、ゆっくり動くリングの31個の数字のうち「今日」を補助針が指し示していると見ませます。


真夜中になると制御カムが再び高くなり、補助針は日付リングの回転方向とは逆に逆行(レトログラード)し、0時で「明日」に移動します。
制御カムの形状を工夫することで、この「逆行」は進み戻し両方に動作可能で、時差を足し合わせた24時間表示に合わせて「今日」と「明日」、そして「昨日」を自由に行き来することができるようになりました。

一見すると表示しているのは日付ですが、これは時間表示を上手く変形して日付のように見せていると見るともできます。
ある意味差動…?


今日と明日、昨日を表示するために開口部は3日分ぐらい開いています。
通常の日付表示のように特定の時間だけ噛みあうのではなく、常時日付リングは噛みあっているため、このままでは日付の修正はできないのではないか?と思われるかもしれません。

しかし発想を逆転させ、常時噛みあっているリングと表示の間に1日ごとに滑るノッチ状のクラッチ機構で送り/戻しができるようにしておけは良い、という事が分かります。
これは機構的には短針の1時間ごとの個別修正に近い構造になります。

また、補助目盛・日付リングは非常にゆっくりではありますが確実に動いており、デイ&ナイト同様に太陽の動きを感じることができます。

機械式メモリの方は以前からおおむね理解していましたが、日付をどのように処理しているか、という事が分からず、今回しつこく送り・戻しをやったり特許を読みながら考え、「日付に見えるけど実は時間表示」という事が理解でき、まとめてみました。

内包する複雑さはもとより、それを感じさせず、日付の操作禁止時間帯もない、と何よりも簡単に使うことができる形にまとめているブレゲの傑作だと思います。


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