Voutilainen Vingt-8 ISO (CARRÉ DES HORLOGERS)

 By : CC Fan
SIHHの小規模メゾンが集まるCARRÉ DES HORLOGERS(カレ・ド・オロロジ:時計の広間)よりヴティライネン(VOUTILAINEN)の新作、ヴァントゥイット イソ(Vingt-8 ISO)を紹介いたします。

ヴティライネンといえば、時計師のカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏が率いる小規模メゾンで、近年はナチュラル脱進機を備えたヴァントゥイット(Vingt-8)シリーズを製作しています。
ベースとなるヴァントゥイットのムーブメントに対し、あらかじめ用意しておいた"余裕"を活かして地板を作り直して機能を追加することで様々な機能を追加したバージョンを発表しています。
これはモジュール地板を追加するモジュール設計ではなく、ムーブメントそのものの地板を作り直してムーブメントのバリエーションを増やす方法とのことでした。

また、ヴティライネン氏は最近文字盤工房の経営も行い、自社用に加えいくつかのメゾンに文字盤を供給するビジネスも行っています。
これにより、もともと定評のあった文字盤がさらに素晴らしい出来になっています。

今年の新作は非常に哲学的な方法で"時間の認識を変える"というヴァントゥイット イソ(Vingt-8 ISO)です。
イソ(ISO)というのはIsogonic(イソゴニック:等角度の意)の略で、後述するこの時計の動作原理を表しています。



まずは実機画像をどうぞ。
一見普通の3針スモールセコンドの時計ですが、最外周にあるミニッツインデックスが通常の時計と異なっていることがわかりますでしょうか?
これは"ミニッツインデックスの60分の位置が短針と一緒に動き、長針もそれに合わせた表示をする"という動作をしているからです。
この時計では8時34分を表しています。

なぜこんな表示にしたのか?と言う事に対する答えは私も完全に理解できてはいないのですが、伺った話を基に記してみます。

そもそもの発想の原点は、社会心理学者でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)博士が著書”ファスト&スロー"で提唱している人間の認識は2種類に分かれるという説から来ています。
  • System1:Fast 慣れ親しんだこと 特に考えずに直観のように認識できる
  • System2:Slow 慣れていないこと 一旦立ち止まり思考した後に認識する
我々の時計の読み取りは幼少の頃に身に着けてから、System1で反射的に時間を読み取ることができるようになっていました、これに対しSystem2で読み取らなければいけないような時計を作り、時計を読み取る際に一旦立ち止まって考えるようにしたらどうか?と言う事を意図しているようです。
機械的に時計と向き合うのではなく、時間について考えて欲しいと言う事でしょうか。



別バリエーション&別時間のものです。
短針は通常の時計と同じで11時、長針は23分を表しています。
表示原理的に短針が12時に近づくほど既存の時計とのずれが小さくなるため、この表示はあまり違和感がありません。



先ほどの8時34分から時間が経過し、8時42分頃になったものです。
イソゴニック(等角度)が示すように、この表示方法だと各時間における短針と長針の関係は常に一定になります。
  • 正時:短針と長針が重なる
  • 15分:短針と長針が90度の角度になる
  • 30分:短針と長針が一直線(180度)になる
  • 45分:短針と長針が270度(-90度)の角度になる
実際に自分で使ってみないと何とも言えませんが、お話を伺う限りイソゴニック表示は良いんじゃないか?と思えてきます。
"時間の経過”を常に短針と長針の相対的な形状で理解できるので、慣れてしまえば既存の時計よりもむしろわかりやすいのではと思えます(慣れてしまうとSystem2ではないとか、ほかの時計が読めなくなりそうですが…)。

この表示を実現するために、短針は既存の時計と同じで、長針は13/12倍のスピードで動くような輪列が組まれているそうです。
また、短針に連動して動くディスクは独立した輪列になっており、短針とズレずに滑らかに動かすことが苦労したとのことでした。



この表示のために40個のパーツを追加し、ムーブメント厚みは0.8mm増加しています。
ケースは直径39mm、厚みは12.3mmに抑えています。



ムーブメント側です。
直径30mmのムーブメントに対し、直径13.6mmと大きなテンワを備え、5振動/秒(18,000振動/時)です。
ガンギ車が両方向から直接テンワの振り石に衝撃を与えるナチュラル脱進機の特徴である、2つのガンギ車がテンワの下に僅かに見えます。
ナチュラル脱進機に使用する振り石は自社で製造しており、ほぼオイルフリーを実現しています。
ヒゲゼンマイも外側をフィリップス曲線、内側をグロスマン曲線としたヴティライネン独自のカーブを使っているそうです。

各部は徹底的に磨き上げられ、特に長いブリッジと大きなテンワはは美しいの一言です。
追加機能は文字盤側に組まれているのでムーブメント側は他のピースと比べてもほとんど差がありません。



こちらはノーマルのヴァントゥイットで、針を色付きにしたものです。
私の写真の腕が悪いですが、実物はきれいなオレンジ色でした。
ヴティライネンの特徴にもなっているツートンカラーのブレゲ針ですが、製法を伺ったところ、なんとカシメで作っているそうです。
充分な信頼性があり問題はないと自信を持っていました。



ユニークピースの44mm SSケース 茶色文字盤のヴァントゥイットです。



拝見させていただいたピースの集合写真です。
ユニークピース以外は39mmケースで、ユニークピースは大きい分文字盤の凄みが増している印象でした。



数値上は厚いイソですが、こうやって見るとあまり厚いとは感じませんでした。
イソゴニック表示はぜひ試してみたいと思えるような可能性を感じました。

関連 Web Site

ヴティライネン 日本語サイト
http://www.voutilainen.jp/index.html

ヴティライネン 本国サイト
http://www.voutilainen.ch/