WATCH MEDIA OFFLINE × TAKANO イベント ~クロノメーターを語る~ レポート
By : CC Fan三連休の最終日、独立時計師の浅岡肇氏とコラボしたWATCH MEDIA OFFLINE × TAKANO イベント ~クロノメーターを語る~を開催いたしました。
私、CCFanが浅岡氏とクロノメーターの歴史とブザンソンについてとめどなく語る、というテーマで対談させていただきました。
「演者」の立場でいっぱいいっぱいな状況ではありましたが、今回は映像記録を残さない、という事なので自らレポートします。

会場はハイアットセントリック内のラウンジ・バー、NAMIKI667。
早く着いたな…と思ったら、浅岡氏の東京時計精密チームとバッタリ合流、設営に入ります。

会場の様子、浅岡氏と椅子に座って話す形です。

なかなかですネ…と思いつつ。

浅岡氏が設計したこだわりの展示ケースに納められたタカノのファーストモデル、シャトーヌーベル・クロノメーター。
全個体がブザンソン天文台のクロノメーター検定を通過しており、その証明として検定証(下のカード)が付属します。

自ら最終チェックを行う浅岡氏、このケースのこだわりポイントとして、「理想的な面光源」を実現するためと「光源からの距離を離す」ため、あえてケース内に発光するライトは設けず、ケース上部に設けられた光拡散用の樹脂素材が外部の光を取り込み、均等に発光する面光源として機能する、という逆転の発想で作られていると語ってくれました。
「展示場所には大体スポットライトがあるので、それを取り込めばいい」という発想のようです。
点光源のライトだと明るいスポットができて撮影に苦労することもありますが、そこもちゃんとケアする、というこだわりです。
また、ガラスには美術館などで使われる高度なAR(反射防止)コーティング施したものを使っており、まるでガラスが無いように見えます。
お客様も揃い、いよいよ開始です。

ここから先は浅岡氏のスライドの抜粋で振り返ります。
テーマは「ブザンソン天文台の秘密」と題し、クロノメーターの歴史やブザンソン天文台訪問についてとめどなく語っていきます。

クロノメーターの歴史に欠かせない「経度法」の話題から、大航海時代を経て各地に植民地を持っていたイギリス帝国は植民地間の安全な航海のために星の観測と時刻から緯度・経度を算出する天測航法の技術を推進していましたが、正確な経度の推定には正確な時刻が必要であり、一度出港したら航海中は修正することもできないため「正確な時計」というものが高い価値を持っていました。
星の動きを観察することで「1日」の長さ(周期)を求めることができますが、その周期からさらに細かい「1時間」「1分」「1秒」に相当するタイミングを機械的に正確に作る(外挿する)、というのが機械式時計に求められる機能です。
6週間で240秒・160秒・120秒という目標と賞金が定められ、これは当時の機械式時計の基準を大きく上回る性能で、なおかつ不安定な船の上でも安定に動作しないといけない、という困難な条件でした。

これを実現したのは当時の権威だった「時計師」ではなくアウトサイダーの「大工」であったジョン・ハリソンで、大工の知見を活かした独創的な機構を備えたクロノメーターH1で基準をクリアします。
ハリソンが専門外だったことで色々揉めたりもしましたが、性能は本物であり、その後小型化を進めたH2、H3、携帯用のH4とH5が完成し、「ハリソン以外が作って調整した」H4のデッドコピーのケンドルK1なども作られましたが、機構が複雑すぎるきらいもあり、航海用のマリンクロノメーターは後年開発されたデテント脱進機が主流になり、ハリソンの方式は主流にはなりませんでした。

しかし、現在ではイギリス時計製造の歴史においてハリソンは間違いなく「偉人」であり、グリニッジ天文台にクロノメーターH1が展示されています。

イギリス帝国が正確な時計を作るなら、対抗するフランス植民地帝国も負けていられない、という事でこの時代は時計の正確さで「人が死ぬ」兵器としての性質を持っていました。
1855年にブザンソンにブザンソン天文台が作られ、天体観測による標準時の作成とクロノメーター検定が始まります。

写真は当時の測定ノートであり、コンピューターなどはないため、手書きで記入しています。
クロノメーター検定はクオーツの躍進、電子機器の進化によって専門機関でなくても検定に相当することができるようになった影響もあり、1980年ごろには行われなくなりました。
その後、2007年ごろにカリ・ヴティライネンが天文台用のプゾー260エボーシュをチューンナップした「オプセルヴァトワール」のために検定してほしい、いう要望をブザンソンに伝えたことによって復活、ケーシング状態で検定する、手作業で行う為柔軟性が高い、といった特徴から、精度に挑戦する独立系メゾンが検定を利用しています。



天文台の様子を何枚か。

「天文台といえば」なドーム状の意匠ですが、時刻を求めるのはこの赤道儀でではなく…

こちらの子午線儀、岩盤に固定した基準マーカーで校正し、子午線(北極と南極を結ぶ線)を捉え、その線に天体が交差する間隔を測ることで1日(より正確には恒星日)の長さを測定する施設です。

Googleマップから引用、真ん中の建物が子午線儀の施設、左側に見える塔のようなものが校正用の基準マーカーです。

塔の先端に明かり?が灯り、それを望遠鏡で狙う事で温度による金属膨張による誤差を校正します。

子午線儀、気になったのは校正用のマーカーがだいぶ近い所にあること(ヌーシャテル天文台だと湖を挟んだ対岸と離れている)、これを浅岡氏に伺ったところカメラのコンバーターレンズのような仕組みで近くにフォーカスが合うようにする仕組みが窓の所に設けられているものの、理論的に正しいのはヌーシャテルの方法ではないか、とのこと。

当時の測定の様子、構成が終わった票体で寝そべって星を見て、子午線を通過したタイミングで標準時計のタイミングを記録…と言う形。

iPhoneで撮影したという接眼レンズの図、測定用のラインが設けられています。


地震や風の影響を防ぐため、子午線儀は岩盤に直接固定された定礎に固定されており、建物などからは「浮いた」状態になっているそう。
定礎の脇にはルロワによる歩度記録用のクロノメーターが備えられていました。
音叉時計で動作し、歩度を記録してベリファイを行うようです。
また、地震計のような測定器も設けられており、万が一の外乱もちゃんと記録されていたようです。

クロノメーター検定を行っているメイヤー氏(一番左)とそのチーム。
ヴティライネンの要望で検定が復活した時にAHCIのブースに「営業」しており、その時に浅岡氏はあっていたとのこと。
技術を誇っていたタカノというブランドを復活させたとき、「そのブランド哲学で今ならどうする?」と浅岡氏が考え、日本メーカーでは挑戦者がいなかったブザンソンを通す、しかも選別品ではなく全数、そして検定書を付属させて販売する、というファーストモデルの方針が決まりました。

検定を行っているデスク、測定は24時間ごと、別にある温度と姿勢別のストッカーから出してカメラで針の位置を読むことで遅れ・進みを測定する仕組みです。

1967年に「1秒」の定義が地球自転由来からセシウム原子時計由来になったため、現在は原子時計(原子周波数標準)を基準にしています。
原子時計はバックアップも含めて3台、誤差を平均化しているようです。

検定はケースではなくムーブメント番号に対して発行されるため、ケーシング状態でシリアル番号が確認できる必要があり、そのためにグラスバックになっているそうです。
ブザンソンのホールマーク「蛇の頭」はあらかじめレーザーで刻印されていますが、これを描いているため「合格するまでやりなおす」ことが要求されるそう。
こんな感じで浅岡氏と色々話させていただきました、「高精度過激派」としては非常に楽しかったです。
需要は微妙ですが、「高精度とは」もやりたいですネ…
その後に行なわれたWATCH MEDIA ONLINEのOFF会イベント

Watch Media "Off”line 恒例の、着用時計記念撮影。
イベント趣旨に合った見事なラインナップ。
ご参加いただいた皆さま、本当にありがとうございました!
私、CCFanが浅岡氏とクロノメーターの歴史とブザンソンについてとめどなく語る、というテーマで対談させていただきました。
「演者」の立場でいっぱいいっぱいな状況ではありましたが、今回は映像記録を残さない、という事なので自らレポートします。

会場はハイアットセントリック内のラウンジ・バー、NAMIKI667。
早く着いたな…と思ったら、浅岡氏の東京時計精密チームとバッタリ合流、設営に入ります。

会場の様子、浅岡氏と椅子に座って話す形です。

なかなかですネ…と思いつつ。

浅岡氏が設計したこだわりの展示ケースに納められたタカノのファーストモデル、シャトーヌーベル・クロノメーター。
全個体がブザンソン天文台のクロノメーター検定を通過しており、その証明として検定証(下のカード)が付属します。

自ら最終チェックを行う浅岡氏、このケースのこだわりポイントとして、「理想的な面光源」を実現するためと「光源からの距離を離す」ため、あえてケース内に発光するライトは設けず、ケース上部に設けられた光拡散用の樹脂素材が外部の光を取り込み、均等に発光する面光源として機能する、という逆転の発想で作られていると語ってくれました。
「展示場所には大体スポットライトがあるので、それを取り込めばいい」という発想のようです。
点光源のライトだと明るいスポットができて撮影に苦労することもありますが、そこもちゃんとケアする、というこだわりです。
また、ガラスには美術館などで使われる高度なAR(反射防止)コーティング施したものを使っており、まるでガラスが無いように見えます。
お客様も揃い、いよいよ開始です。

ここから先は浅岡氏のスライドの抜粋で振り返ります。
テーマは「ブザンソン天文台の秘密」と題し、クロノメーターの歴史やブザンソン天文台訪問についてとめどなく語っていきます。

クロノメーターの歴史に欠かせない「経度法」の話題から、大航海時代を経て各地に植民地を持っていたイギリス帝国は植民地間の安全な航海のために星の観測と時刻から緯度・経度を算出する天測航法の技術を推進していましたが、正確な経度の推定には正確な時刻が必要であり、一度出港したら航海中は修正することもできないため「正確な時計」というものが高い価値を持っていました。
星の動きを観察することで「1日」の長さ(周期)を求めることができますが、その周期からさらに細かい「1時間」「1分」「1秒」に相当するタイミングを機械的に正確に作る(外挿する)、というのが機械式時計に求められる機能です。
6週間で240秒・160秒・120秒という目標と賞金が定められ、これは当時の機械式時計の基準を大きく上回る性能で、なおかつ不安定な船の上でも安定に動作しないといけない、という困難な条件でした。

これを実現したのは当時の権威だった「時計師」ではなくアウトサイダーの「大工」であったジョン・ハリソンで、大工の知見を活かした独創的な機構を備えたクロノメーターH1で基準をクリアします。
ハリソンが専門外だったことで色々揉めたりもしましたが、性能は本物であり、その後小型化を進めたH2、H3、携帯用のH4とH5が完成し、「ハリソン以外が作って調整した」H4のデッドコピーのケンドルK1なども作られましたが、機構が複雑すぎるきらいもあり、航海用のマリンクロノメーターは後年開発されたデテント脱進機が主流になり、ハリソンの方式は主流にはなりませんでした。

しかし、現在ではイギリス時計製造の歴史においてハリソンは間違いなく「偉人」であり、グリニッジ天文台にクロノメーターH1が展示されています。

イギリス帝国が正確な時計を作るなら、対抗するフランス植民地帝国も負けていられない、という事でこの時代は時計の正確さで「人が死ぬ」兵器としての性質を持っていました。
1855年にブザンソンにブザンソン天文台が作られ、天体観測による標準時の作成とクロノメーター検定が始まります。

写真は当時の測定ノートであり、コンピューターなどはないため、手書きで記入しています。
クロノメーター検定はクオーツの躍進、電子機器の進化によって専門機関でなくても検定に相当することができるようになった影響もあり、1980年ごろには行われなくなりました。
その後、2007年ごろにカリ・ヴティライネンが天文台用のプゾー260エボーシュをチューンナップした「オプセルヴァトワール」のために検定してほしい、いう要望をブザンソンに伝えたことによって復活、ケーシング状態で検定する、手作業で行う為柔軟性が高い、といった特徴から、精度に挑戦する独立系メゾンが検定を利用しています。



天文台の様子を何枚か。

「天文台といえば」なドーム状の意匠ですが、時刻を求めるのはこの赤道儀でではなく…

こちらの子午線儀、岩盤に固定した基準マーカーで校正し、子午線(北極と南極を結ぶ線)を捉え、その線に天体が交差する間隔を測ることで1日(より正確には恒星日)の長さを測定する施設です。

Googleマップから引用、真ん中の建物が子午線儀の施設、左側に見える塔のようなものが校正用の基準マーカーです。

塔の先端に明かり?が灯り、それを望遠鏡で狙う事で温度による金属膨張による誤差を校正します。

子午線儀、気になったのは校正用のマーカーがだいぶ近い所にあること(ヌーシャテル天文台だと湖を挟んだ対岸と離れている)、これを浅岡氏に伺ったところカメラのコンバーターレンズのような仕組みで近くにフォーカスが合うようにする仕組みが窓の所に設けられているものの、理論的に正しいのはヌーシャテルの方法ではないか、とのこと。

当時の測定の様子、構成が終わった票体で寝そべって星を見て、子午線を通過したタイミングで標準時計のタイミングを記録…と言う形。

iPhoneで撮影したという接眼レンズの図、測定用のラインが設けられています。


地震や風の影響を防ぐため、子午線儀は岩盤に直接固定された定礎に固定されており、建物などからは「浮いた」状態になっているそう。
定礎の脇にはルロワによる歩度記録用のクロノメーターが備えられていました。
音叉時計で動作し、歩度を記録してベリファイを行うようです。
また、地震計のような測定器も設けられており、万が一の外乱もちゃんと記録されていたようです。

クロノメーター検定を行っているメイヤー氏(一番左)とそのチーム。
ヴティライネンの要望で検定が復活した時にAHCIのブースに「営業」しており、その時に浅岡氏はあっていたとのこと。
技術を誇っていたタカノというブランドを復活させたとき、「そのブランド哲学で今ならどうする?」と浅岡氏が考え、日本メーカーでは挑戦者がいなかったブザンソンを通す、しかも選別品ではなく全数、そして検定書を付属させて販売する、というファーストモデルの方針が決まりました。

検定を行っているデスク、測定は24時間ごと、別にある温度と姿勢別のストッカーから出してカメラで針の位置を読むことで遅れ・進みを測定する仕組みです。

1967年に「1秒」の定義が地球自転由来からセシウム原子時計由来になったため、現在は原子時計(原子周波数標準)を基準にしています。
原子時計はバックアップも含めて3台、誤差を平均化しているようです。

検定はケースではなくムーブメント番号に対して発行されるため、ケーシング状態でシリアル番号が確認できる必要があり、そのためにグラスバックになっているそうです。
ブザンソンのホールマーク「蛇の頭」はあらかじめレーザーで刻印されていますが、これを描いているため「合格するまでやりなおす」ことが要求されるそう。
こんな感じで浅岡氏と色々話させていただきました、「高精度過激派」としては非常に楽しかったです。
需要は微妙ですが、「高精度とは」もやりたいですネ…
その後に行なわれたWATCH MEDIA ONLINEのOFF会イベント

Watch Media "Off”line 恒例の、着用時計記念撮影。
イベント趣旨に合った見事なラインナップ。
ご参加いただいた皆さま、本当にありがとうございました!
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![[募集終了] 9月15日、独立時計師 浅岡 肇氏とWatch Media Onlineのコラボレーションイベントが開催決定、参加者募集 ~浅岡氏と「クロノメーター」について徹底的に語ります](http://assets.watch-media-online.com/a/155/178/hfhx56/ybn9tcsyaf.jpg)
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