チャペック ケ・デ・ベルク 一周年インプレッション

 By : CC Fan
2017年も残すところあとわずかとなりました、今年最後の記事として去年末に納品されちょうど一周年となるチャペック(Czapek)のケ・デ・ベルグ(QUAI DES BERGUES)について、一年間使った感想を書き記したいと思います。



正直な話をすると発注時ジュネーブ(SIHH)の時点では、良い時計だとは思っていましたが、あくまでカンタロス(Kantharos)が不調でスイスへの里帰りをしている間の"代役"のつもりでした、その後、色々あってカンタロスがずっと里帰りしていたため、一年間じっくりと使い続けるうちにカンタロスと同じぐらいに好きな時計になりました。
ただ、同じぐらい好きとはいえ、気難しいカンタロスと違い、気軽に着けられるという点では勝っています。

総評

各項目を取り上げる前に、総評を。
ふんわりした言い方になってしまいますが、一言で表すのであれば、"普通にバランスの取れた良い時計"という身もふたもない言い方になります。
個別に見ていこうとは思いますが、ケース・文字盤・ムーブメントなど構成要素単体で見ればより優れた独立系・大手ブランドや製品は当然あります、しかしそれらを組み合わせた"腕時計"という単位で見た場合、ここまでバランスが取れており、自分で買って毎日着けていたいというものは、私の拙い経験では今の時点で思い浮かびませんでした。
また、私の記事によく登場する本国CEOのザビエル(Xavier)氏をはじめとした"作り手"と直接のコミュニケーションをとることができ、"作り手の顔が見える"(販売代理店のノーブルスタイリングさんのモットー)というのも魅力に感じます。

現在はノーブルスタイリングさんの扱いブランド"ツートップ"の一角として、日本でも好評だそうです。
社長の葛西氏曰く、"真面目な良い時計"、マネージャーの山口氏曰く"余計なことをしていないから壊れない"という、今までさんざん尖った独立系メゾンを扱ってきて酸いも甘いも知った上での評価がなされています。
また、山口氏の"時計はムーブメントを腕に巻くわけではないのでムーブだけではなく、全体のバランスが大事"という意見にはとても納得しました。

安定度

スーパーコンプリケーションのカンタロスに対するアンチテーゼとしてのノーマルな機械という意味もあって購入を決めたので、安定度は何よりも重要です。
まず、パワーリザーブを使い切る以外に止まるようなことは全くなく、止めなければ1ヶ月で1回程度の時合わせで問題ない精度が出ています(感覚的には月差はマイナス方向で1分程度、マイナスなのは気になります)。

サンプル数が自分だけだとたまたま"当たり"なのか、設計がちゃんといいのかはわかりませんが、ザビエル氏とノーブルスタイリングさんに聞いてもトラブルがあったとしても磁気帯びとか、ゼンマイを切ってしまったとか、落としたとか、外的要因があることばかりなので、設計そのものの筋はいいと思われます。

手巻きは初めてでしたが、パワーリザーブが7日もあるため止めてしまうような事態は最初のころだけで、しばらくすると巻き上げる行動が一週間の習慣の中に組み込まれました。
また、ストップセコンドもちゃんとついているので、秒単位での時合わせも容易です。

カスタム

日本初発注ということもあり、いくつかのカスタムをお願いできました。
一桁台のシリアルナンバー(通常のチタンは100後半)と名前のエングレーブも満足感は高かったですが、やはり一番良かったのはスーパールミノバの除去です。

最終的にはミニアチュールペイントの名手が登場してルミノバドットを塗りつぶすという面白い展開と、ジュネーブ滞在中に針から除去という展開を経て、ルミノバレスができました。



これにより"自分だけのスペシャル"感が増してより愛着がわきました。



こちらはノーマルのDLCチタンとの比較。
ルミノバの有無によって結構印象が違います。

ケース

いつもならムーブメントの話から始めますが、この時計の真骨頂は個人的にはケースにあると思います。
仮の話ですが、ムーブメントが専用ムーブのSXH1ではなく、ユニタス(ETA6497)だったとしてもあのケースに入っていたら購入したかも…と思えるほど魅力を感じています。
ケースは二種類あり、貴金属に使われる懐中時計を腕時計化したような伝統的なケース形状と、XO Steelとチタンケースに使われるRevolutionケース形状です。

私が魅力を感じたのはNo.27のチタンRevolutionケースです。
チタンは研磨が難しいと言われていましたが、最近は研磨技術が進歩したおかげと冶金によって研磨しやすいチタン合金が作れるようになったため鏡面仕上げなどもできるようになりました。
例えばカンタロスのケースもオールチタンですが、ベゼル部分は鏡面、ケースサイドはサテン、裏蓋はサンドブラスト…と単一素材ながら部品レベルでケース各部の仕上げを変える表現をしています。



ケ・デ・ベルグはさらに突き詰めており、単一の部品内で面によって仕上げを変えるという手間の嵐になりそうなことをやっております。
一番わかりやすいのはRevolutionケースのサイド部分にある特徴的な"溝"の仕上げです。
部品としては上下のラグとケースサイド部分が一体化した部品ですが、溝の中はサンドブラスト、ケースサイドは鏡面、ベゼルとラグ表面はサテン仕上げに加え、溝のエッジ部分が鈍った感じに見えないようにエッジ部分を直接溝の曲面につなげるのではなく、一度平らな面から曲面につなげるように研磨しているそうです。
プロトタイプ機でこの造形を見たとき、一発でやられました。



ザビエル氏に直接聞いた裏話をすると、このケース形状はXO Steelはともかく、チタンは完全に"やりすぎ"だったそうで、歩留まりがとにかく悪く、私のものが去年末に出荷できたのも奇跡だったようです。
好調な日本で見てもXO Steelや貴金属ケースはある程度潤沢に入荷するようになりましたが、チタンは私のものを含め数本しか入荷しないということから見ても、まだまだ難しいようです。

文字盤と針

文字盤は"初代"チャペックの懐中時計、No.3430の低い位置にスモールセコンドとパワーリザーブが配されたデザインを模したものとなっています。
一見するとどこにでもありそうななのですが、いざ探してみると意外と似たものがなく、ブランドのアイデンティティともいえるデザインです。
このデザインをベースにケースに合わせてエナメル・シルバー・特徴的なギロッシェ…と様々なバリエーションが用意されています。
針も、オリジナルのフルール・ド・リス針とより現代的なアロー針が選べます。



私が惹かれたレコード盤(Vinyl)を模したカーボンファイバー製の文字盤は通常モデルではチタンケース専用です。
これはカーボンのシートとドーナッツ状に巻いたカーボンシートの輪切りを組み合わせたもので、センター部分は筋目のように光り、インデックス部分はマット仕上げになっています。
インデックスと針がポリッシュ仕上げのため、マット仕上げとのコントラストによって視認性は良好です。

こちらも裏話を、エナメル文字盤・シルバー文字盤・ギロッシェ文字盤を作っているのはもともと時計業界で仕事をしていた有名なサプライヤーですが、カーボン文字盤のサプライヤーはカーボンでは有名なものの、初めての時計業界の仕事だそうです。
なんでも、ザビエル氏とそのサプライヤーの方が電車で隣に座って雑談したことから供給が決まったとか…
ただ、初期のころは時計の文字盤の勝手がわからず、なかなか良品が取れず、ケースと文字盤両方の歩留まりが悪いという悪夢のような状態になったとか…

パワーリザーブインジケーター

シンプルな3針スモールセコンドですが、唯一の追加機構がこのパワーリザーブインジケーターです。
針が両方向に伸びるダブルハンドで、片方が7日間のパワーリザーブ、もう片方が曜日表示になっています。
これは、日曜日のミサ後に巻き上げることでパワーリザーブが曜日表示も兼ねるという"コロンブスの卵"的な機構です。
曜日表示があるのがオリジナルデザインですが、曜日表示なしやほかの言語での曜日表示なども選べます。


英語曜日付き


曜日なし

個人的には巻く時間を制限されるのが嫌だと思い、曜日表示なしを選んだのですが、試行錯誤を経て結局想定ユースケースの"日曜日の正午に巻く"に落ち着いたので、つけておいてもよかったかなとはおもいます。
しかし、曜日表示なしでも針の傾きによって1週間(7日間)の時の流れを感じることができ、ふとしたタイミングで"あと一週間の半分、頑張ろう"とか"明日は休みだ"と思いをはせることができます。
7日間パワーリザーブで止まってしまうことが少ないことと相まって、地味にいい仕事をします。

ムーブメント

ムーブメントに関しては、以前の記事で推測で書いたものをザビエル氏に問い合わせたところ概ね当たっていたので再掲します。

一見するとコート・ド・ジュネーブなどが施されていない地味な仕上げに見えますが、サンブラストで表面を梨地仕上げにした後に手作業でエッジ部分を面取りするという手間のかかる方法で仕上げています。



手作業で面取りを行ったオープンラチェットもオリジナルのNo.3430ムーブメントからの意匠です。

設計としては文字盤側・ムーブメント側ともに"お手本"となるオリジナルの作品があり、それをいかに合理的に現代的な設計に落とし込めるかという問題だと考えられます。
4番車が二つありますが、これは片方が加速輪列の終端・もう片方がスモールセコンドの軸を駆動するためのもので、両者は同じ大きさで、適当な大きさのピニオンでつながっているため変速はしません。
レイアウト的には加速終端でガンギ車を回すこともできそうですが、その場合スモールセコンドを回すための出車が別途必要になることを考えるとこのレイアウトのほうが理に叶っています。
すべてのギアにトルクがかかっているため、出車式と違いスモールセコンドの挙動を安定させるためのブレーキも不要で、ブレーキ分のロスを考えると歯車が増えたとしてもこちらのほうが良いのではと思います。

テンプはチラネジのないスムーステンプ・普通のヒゲゼンマイ・緩急針というあまり目新しさのない構造ですが、逆に言えば長年の実績がある組み合わせです。
長期はともかく、少なくとも1年で精度に問題はありませんでした。

オープンラチェットの向かって左下にあるのがパワーリザーブインジケーターの計数用ギアです。
初めからパワーリザーブインジケーターありきで設計されているため、余裕をもってパワーリザーブインジケーターが配されています。
ただ、このギアだけ面取りが行われていないのはちょっとマイナスです。

ムーブメントを制作しているのは、時計師ジャン・フランソワ モジョン(Jean-Francois Mojon)が率いる、ムーブメント専業のサプライヤークロノード(Chronode SA)です。
ザビエル氏に伺ったところ、もともと、最初にカリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)先生に相談したら、生産規模からモジョンとクロノードを紹介され依頼することにしたそうです。
現在の契約ではSXH1はトータルで1000個ぐらいまでは供給できるそうで、これからも別のバリエーションが出ることが期待されます。
また、クロノードを使っている別のブランドで信頼性の問題がかなりあったという噂を聞いていたので少し身構えていましたが、完全に杞憂でした。

安定度に貢献しているのはムーブメント自体が直径36mmと懐中時計用のユニタス(ETA6497)並みに大きく、各部が余裕をもって作られているためと思われます。
メインの輪列をコンパクトに格納することで、ダブルバレルで7.5日間分のパワーリザーブを確保しています。

水平分業とザビエル氏

何度か書きましたが、改めて魅力を感じた部分なので。
チャペック社はスイスの伝統的な"水平分業"モデルをとっており、各部品を作るのはそれぞれの専門サプライヤーで、チャペック社内では最終組み立てのみ行っています。
まず、自社生産にこだわらないことで、各分野で最高のサプライヤーを選ぶことができるというメリットがあります。
また、組織が小さいことで基本的に全ての意思決定はザビエル氏が行い、各サプライヤーに指示を出す構造のため、製造が難しいギロッシェを作るという決定をするような"冒険"も行えたり、逆に自前の工場の稼働率を支えるために需要が無くても工場を動かし、過剰に製品を作る必要がなくなります。

なかなか需要が読みにくい独立系にとってこれは大きなメリットであると考えられます。
幸いにして生産が間に合わないほどの需要があるようですが。

個人的に驚愕しているのは、これだけのクリエーションを支えているザビエル氏は時計業界はチャペックが初めてで、それまではファッション畑の経営だったという事実です。
実質一作目でケ・デ・ベルクほどちゃんとまとまった作品をプロデュースできたというのは本当にすごいと思いますし、二作目のプラス・ヴァンドーム(Place Vandome)も素晴らしいと思います。

今後について

繰り返しになりますが、ケ・デ・ベルグは"普通に良い時計"として、日常生活に寄り添ってくれた一年でした。
カンタロスが返ってきたとしても、ケ・デ・ベルクは良い"相棒"として貢献してくれることでしょう。
あとは経年変化で安定度がどのように変化するかというところかと思います。

あとは、ラバーベルトとDバックルが…と言い続けていましたが、1年間ピンバックルを使い続けた結果ピンバックルでもいいかなと思えてきました。
ラバーに関してはサロンQPで発表されたキャンバス地?ベルトでもいいかなと。

今年もいろいろありましたが、良い年末年始をお過ごしください。

CC Fan



ピンぼけですが、1周年記念ワインで38.5mmと。

関連 Web Site

CZAPEK Geneve
https://czapek.com/

Noble Styling
http://noblestyling.com/