クレヨン エブリウェア ユニバーサル・サンライズ・サンセット (ムーブメント詳細編)

 By : CC Fan
何度かレポートを掲載している、クレヨン(Krayon)のエブリウェア(Everywhere)、位置情報(緯度・経度)とカレンダー(月・日付)から機械式計算機によって日の出と日の入りの時刻を計算し、24時間表示の時針に重ね合わせて表示するという信じがたい複雑性を持ったスーパーコンプリケーションです。
ノーブルスタイリングさんによるプレビューイベントが明日(5/8)に迫っていますが、その前にムーブメントの詳細な原理を理解したい!という思いで創業者レミ・マイヤ(Rémi Maillat)氏から伺った情報・自分の理解を含めてレポートです。
非線形関数近似部分などはいまだに理解が及んでいない部分もありますが、おおむね間違ってはいないと思います。

以前のレポートは下記をご覧ください。
このレポートはムーブメント編と一部重なる部分もありますので、併せてご覧ください。

展開動画

前回のレポートで既に掲載していますが、3D CAD上でリアルタイムに展開する様子のムービーです。



以下に掲載する展開図と比べ、それぞれの前後関係がわかりやすかったり、部品に色がついているので併せてみると理解しやすいと思います。

文字盤側の構成

原理の説明に先だち、文字盤側のCAD図(再掲)と各部の機能を説明するキャプションを挿入した展開図を。





文字盤側は日の裏輪列に相当する輪列や、各種表示のための輪列があります。

特徴的なのは地板の高低差が大きくとられ、一部の歯車は一度軸で出力するのではなく、ムーブメント側から露出した歯に直接、文字盤側の歯車がかみ合うような構造になっています。
最外周には3枚のディスク(24時間表示・日の出時刻の表示・日の入り時刻の表示)が通る溝が設けられ、下側の2枚(日の出・日の入り時刻の表示)はムーブメント側の駆動歯車が直接駆動し、上側の1枚は文字盤側の輪列で駆動されます。
ディスクは4か所のガイドで水平に支持されます。

経度とUTCからの時差を設定し、補正値(後述)を計算する輪列はこちら側に設けられています。

複雑な構造ではありますが、ブリッジは機能ごとにきれいに分割されており、組み立てと調整はやりやすいのではないかと思われます。

ムーブメント側の構成

ムーブメント側もCADによる断面図(再掲)と各部の機能を説明するキャプションを挿入した展開図を。





こちらも、文字盤側同様、機能ごとにきれいに分割されたブリッジによってそれぞれの機能が実装されています。
ユニーバーサル・サンライズ・サンセットはいわばカレンダーを拡張したコンプリケーションなので通常の計時輪列は極めてオーソドックスなつくりで、せいぜい香箱が大きい(比較的重たいディスクによる時間表示とカレンダーを駆動するため?)以外は普通の作りです。

マイクロローター自動巻きのウェイトは比較的大きめで、輪列の配置などを考えるとマイクロローターというより、センターローターを小型化してズラしたもの(オフセットローター)といった方が正確な気がします。
特徴的なのはラチェットによる両方向自動巻きで、マイヨ氏曰く、"Japanese Technology"とのことで、セイコーのマジックレバーを参考にしているようです。

特徴的な機械式計算機とパラメータセレクターは別途見ていきます。

全体の計算の流れ

まずは私が理解した日の出・日の入りの計算を行うための機械式計算機による計算の流れをご覧ください。


左側と上が入力、それぞれのブロックが機能要素で、右側が出力です。
後ほど個別に検討しますが、非線形な演算はカレンダーと緯度からUTC/経度0°における日の出と日の入りの時刻を計算するところまでで、経度とUTCからの時差は単純な線形演算です。

カレンダーと緯度からUTC/経度0°における日の出と日の入りの時刻を計算する部分と、経度とUTCの時差から補正値を計算する部分は互いに独立で、別々に考えることができます。
そして、その結果を差動歯車で足し合わせることで指定した緯度・経度・UTCからの時差におけるその日の日の出と日の入りの時刻を表示するという仕組みです。

まずは理解しやすい経度とUTCからの時差から見ていきましょう。

経度・UTCからの時差計算部分

経度とUTCからの時差はどちらも東西方向の移動に関係するパラメーターになります。
地球の丸みを三角関数で考える必要がある緯度と違い、こちらは単純な回転で近似できます。


以前も使ったこの図で検討します。
まず、自転速度は24時間で360°(1回転)だとすると、時速は15°になります。
これは言いかえると、経度0°の日の出時刻に対し、東経15°では1時間前に日の出、逆に西経15°では1時間後に日の出になるということです。
日の入りも同じで、15°ごとに1時間のズレとなります。
つまり、経度0°における日の出と日の入りの時刻がわかっていれば、経度を15[°/時間]で割った補正値を足せば任意の経度における日の出と日の入りの時刻がわかります。

上記の表現は経度0°と求める経度が同じタイムゾーンに属している前提になっており、実際にはUTCからの時差も考量する必要があります。
UTCと東経15°で時差 1時間を例に考えてみましょう、15°東に動くとUTC表記の日の出の時間は1時間早まりますが、時差+1時間が加わるため、結局、現地時間の日の出の時刻はUTC表記と同じになります。
これは、同緯度での日の出と日の入りの時間を大体そろえるというタイムゾーンの考え方を見れば自明ともいえます。

まとめると、経度を15で割った値からUTCからの時差を引いたものを補正値としてUTC/経度0°における日の出と日の入りの時刻に足せばよいということになります。

こちらもすでに掲載していますが、経度調整のアニメーションを。



レバーやカムを経由した非線形な動きではなく、回転に比例した線形な動きであることがわかるかと思います。

緯度・カレンダー計算部分

さて、経度・UTCからの時差に比べて難しいのが緯度とカレンダーの計算部分です。
正直な話、ベースとなる理論を完全に理解できていないのでまだ定性的な話しかできないのが微妙です…

先ほどのムーブメント側の展開図から該当箇所だけ拡大します。



一年で一周する歯車にカムが取り付けられており、それぞれ日の出と日の入りの計算に必要な中間値を生成します。
このカムはマイヤ氏曰く、"近時差表示のカムのようなもの"と言うことで、日付から日の出日の入りの計算に必要な中間値(緯度0°の値?)を作り出します。

この値を緯度をもう片方の入力としたレバー機構に入力し、最終的なUTC/経度0°における日の出と日の入りの時刻を求めます。
レバーは4枚ありますが、2枚ずつがペアになっており、下側の2枚が日の入りの時刻を計算するためのレバー、上側の2枚が日の出の時刻を計算するためのレバーとのことです。

また、文字盤を見ると、緯度の表示は間隔が均等ではないことがわかります。



これは"恐らく"ではありますが、これによって非線形な関数の問題を線形にしているのではないかと考えられます。

問題自体は複雑ですが、数学的な抽象化によって、それぞれの担当部分を切り分けることで機械式計算機で充分扱えるような複雑度に落とし込んでいることがわかります。

パラメータセレクター

ここまでは計算を行う仕組みを見てきました。
このような複雑なコンプリケーションにありがちなことですが、設定方法が煩雑であったり、間違った扱いをするとすぐに破損してしまい使うのが億劫になってしまう問題があります。

このような問題に対しても、当然考慮されており、それがパラメータセレクターです。
これはリュウズのポジション3で調整する値を選ぶための機能で、プッシャーを押すことによって4つのパラメータのうち一つを選びます。
この機能により、すべての操作をリュウズとプッシャーのみで完結させることができ、また同時に操作できるパラメータを1つに制限して組み合わせによって破損する危険性も排除しています。

この点はノーブルスタイリングの山口さんも指摘しているように、カレンダーを拡張したコンプリケーションという点も含め、ラング&ハイネのアウグストゥス1世を彷彿とさせます(アウグストゥス1世でも同じようなムーブメント解説を作ってました)。
アウグストゥスは通常の巻き上げと時刻設定もセレクターで選ぶ方式でしたが、エブリウェアはあくまでリュウズ3で調整するパラメータを選ぶという切り分けがなされており、直交性が高いと言えます。

具体的な仕組みを見てみましょう。



基本的な仕組みはコラムホイール制御で水平クラッチを使用したクロノグラフに近いでしょうか。
プッシャーを押すたびに操作用レバーがコラムホイールを1歯分送り、コラムホイールの歯車に噛み合った軸に取り付けられたカムが4つある水平クラッチのうち、1つをリュウズに繋がる歯車にかみ合わせます。
更に一番下のカムがレトログラード表示のパラメータセレクター表示の針を動かし、現在選択されているパラメータを文字盤上に表示します。

追記、"コラムホイール"と称しましたが、名前のもととなっているコラム(円柱)部分が存在しないので、レバーによって一方向に回転するラチェット送りと表現した方がいいような気がしてきました。
図はそのままにしておきますが、ラチェット送りと読み替え下さい。

他の機能同様、この機構も独立したブリッジを持っており、カムによって水平クラッチが動く様子を鑑賞できます。



まとめることで、自分自身も理解が深まりました。
見れば見るほど細部まで考えられているコンプリケーションであると思います。
ぜひ、"日常使い"をしたいですし、してほしいと思います。

このような技術解説ですが、どこまで伝わっているのかいつも不安になります。
"ここがわかりにくい"や"ここはどうなっているのか"という疑問がありましたら是非コメントにてご連絡下さい。

関連 Web Site
Krayon, mécanismes horlogers suisses(英語サイト)
https://www.krayon.ch/en/accueil

参考資料 国立天文台 暦計算室
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/

参考資料 海上保安庁 海洋情報部 日月出没計算サービス
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/automail/sun_form3.html

Noble Styling
http://noblestyling.com/