『リューズのない腕時計、その歴史』 by k.hillfield
By : Guest Blog
『リューズのない腕時計、その歴史』
腕時計のリューズといえば、ケースの側面にあることが多いです。
一般的に右側に配され、左側に配されたモデルは珍しいというイメージです。
今回はさらに珍しいリューズのない腕時計を取り上げます。裏リューズの腕時計がその主役になります。
【近代以前のリューズのない時計】
1970年代のクオーツショック以前に裏リューズを始めとするリューズのない腕時計が存在した理由としては大きく二つに分けられます。
(1)「巻き上げのためのリューズは要らない」という自動巻き腕時計の技術力の証明として
(2) 美観目的
(1)に関しては「巻き上げのためのリューズ」は要らないという自動巻き時計の技術力のアピールのために裏側にリューズを配したモデルです。黎明期の自動巻き時計に始まり、音叉時計やクオーツ時計の出現により終始符が打たれました。これらは1920年代中盤から1970年代前半くらいまでの出来事です。
1920年代に登場したハーウッドの自動巻き時計はリューズのない腕時計の先駆けでした。世界初の自動巻きの腕時計でした。ハーフローターが採用され、時刻の調整はベゼルを回転することで行われました。
●スイス、国際時計博物館にて。著者による撮影。
なお、この時計は角型のケースのモデルも存在しています。角型のケースではベゼルが回転しないので、時刻のセッティングはどうするんだ?と思った方もおられるでしょう。角型のモデルはケースの裏ぶた全体が回転するようになっていて、時刻のセッティングが可能です。(角型モデルに関しては東京、神楽坂のアンティークウォッチカフェ「ペルゴー」にて展示・販売が行われています。(2018年7月確認)
ペルゴー
1950年代を代表する裏リューズ時計としてはルクルト「フューチャーマチック」が挙げられます。
●アンティコルムより。
https://catalog.antiquorum.swiss/en/lots/lecoultre-lot-307-16?page=1
この時計はハーフローターを搭載していました。この時計の特徴は、スリッピングアタッチメントによりローターの過剰な巻き上げの力を逃す現代の一般的な自動巻き機構と異なります。フルに巻き上げられた状態になると、巻き上げのローター自体をロックしてしまいます。
1970年代には、パテック・フィリップの「カラトラバ」から自動巻き+裏リューズの時計が発売されました。この時計の発売をもって、機械式の自動巻き時計の技術力の証明としての裏リューズを配した時計はピリオドが打たれたように思えます。
1960年代には音叉時計が出現。その代表格とも言えるブローバ アキュトロン スペースビューもリューズが裏側に配された時計でした。
●東京、セイコーミュージアムにて。著者による撮影。
1970年代のクオーツ時計の出現により、機械式時計の技術力の証明としての裏リューズを採用する時計は表舞台から一旦姿を消しました。
なお、1980年以降にはクオーツのレディースウォッチにプッシュリューズが出現します。こちらはオメガの1980年代前半に発売したモデルが有名です。
●オメガのプッシュリューズのモデル。オメガ公式ホームページより。
https://www.omegawatches.com/watch-omega-other-omega-ba-591-0944
(2)美観目的
手巻きの時計で裏リューズを配置している時計は美観目的といえます。リューズが表側から見えないデザインは完璧な円を描きます。メンズの時計は歴史的にも非常に数が少ないです。
レディースは1950年代後半に発売されたオメガのレディーマティックが好例です。一部例外もありますが、オメガのロゴの下にバーが入っているものは裏リューズです。
●オメガ公式ホームページより。
https://www.omegawatches.com/watch-omega-other-omega-og-12789
【近代以降のリューズのない時計】
1970年代前半に姿を消した機械式の裏リューズの時計ですが、1980年代再び復活の兆しを見せます。機械式時計の復活とともに、画期的な機構の一環として裏リューズは採用されました。
コルム「ゴールデンブリッジ」は1980年代を代表するモデル。現代はリューズがケース側面に配されていますが初期のモデルは裏リューズでした。
●国際時計博物館にて。著者による撮影。
なお、ゴールデンブリッジの生みの親であるヴィンセント・カラブレーゼは独立時計師アカデミーのメンバーとして今なお、時計を作り続けています。
1986年に誕生したオーデマ・ピゲの世界初の自動巻きのトゥールビヨン腕時計も裏リューズでした。
●国際時計博物館にて。著者による撮影。
21世紀の現代においては、リューズのない時計は美観目的によるところが大きくなっているように思えます。それは20世紀中盤と違い、自動巻きが珍しいものではなくなったという時代の変化もあるのでしょう。しかし、過去のモデルと違い、防水性を確保するなど実用面において技術が進歩しています。また、一過性のモデルではなく、ロングセラーとして発売されているのも特徴です。
ローマン・ゴティエは、美観目的とエネルギー効率を考え、プレステージシリーズに裏リューズを採用。通常、リューズと主ぜんまいは、リューズが側面に付いているため、90度の角度で接しますが、ローマン・ゴティエは主ぜんまいと同じ平面でエネルギーが伝わるようにリューズを裏側に配置。また、この時計は手巻きですが、外さずとも巻き上げを行うことができます。大きな裏リューズがケース側面から少し出ているためです。
●ローマン・ゴティエ「プレステージHMS」(左)「プレステージHMS TEN」(右)。著者による撮影。
また、レッセンス「TYPE 3」は針もリューズもない時計です。液体で満たされたガラスの中を盤面自体が回転し、時刻を表示する新しいレギュレーターウォッチです。この時計もまた裏側のサファイアクリスタルを回転させて、時刻設定と巻き上げを行います。
裏リューズを始めとするリューズのない時計は、かつての自動巻き機構の技術証明としての役割は終焉を迎えました。しかし、アンティークウォッチを通じて当時の最先端の技術に思いを馳せるのも一つの楽しみ方だと思います。また、現行モデルの裏リューズの時計は技術の進歩により、そのデザインを日常的に楽しめる実用性を実現しました。「なぜこの時計にはリューズがないのか?」その裏には様々なストーリーが存在しているのです。
関連記事
『ジャガー・ルクルト以外のレベルソ』
https://watch-media-online.com/blogs/974/
『時計愛好家のためのヨーロッパ(国際時計博物館編)』
https://watch-media-online.com/blogs/1152/
COMMENTS
コメントを投稿する
お世話になっております。
ありがとうございます。
裏リューズはおっしゃるようにエネルギー効率の観点からも見直されて良い機構だと思います。
APの2875は、記事中のAPの自動巻きのトゥールビヨンとベースは同じものです。パワーリザーブ、日付の追加と、キャリッジが大きくなっています。
クリストフ・クラーレの時計はボールが浮くことにばかり気をとられていましたが、裏リューズだったのですね。
お教えいただきありがとうございます。
k.hillfield
非常に興味深いお話です。
歯車のかみ合わせという点で言うと、90度で平歯車が噛み合っているのは時計ぐらい?なので、裏リュウズやコニカルギアはもっと見直されてもよい機構だと思います。
だいぶ昔に取り上げましたが、クリストフ・クラーレのX-TREM-1や、ジャン・デュナン(ムーブメントはクラーレ製)のトゥールビヨン・オービタルも裏リュウズです。
https://watch-media-online.com/blogs/159/
https://watch-media-online.com/blogs/961/
X-TREM-1は磁力によるボール表示の分針が通過するため、トゥールビヨン・オービタルは"公転"するトゥールビヨンが通過するため、通常の位置にリュウズを置けず、裏リュウズになっています。
詳細は伺ってませんが、APのもので裏リュウズもあったようです。
https://watch-media-online.com/blogs/1627/
ご参考までに…