独立系メゾン訪問 : クリストフ・クラーレ ル・ロックル ワークショップ 前編

 By : CC Fan
独立系メゾン訪問の第三弾、クリストフ・クラーレ(Christophe Claret)のル・ロックル(Le Locle) ワークショップの訪問レポートです。
すでにカンタロス(Kantharos)のレポートという形で速報を掲載しておりますが、工房についても紹介したいと思います。
今回はまだ公開できない所用もあり、クラーレ社に二日間訪問し、見られたところも多かったためレポートを書いていたら長くなってしまっため、前後編に分けます。

実は去年も同じ時期に訪問(この時は純粋に見学だけの訪問)しており、HYT訪問は記事を書いたのですが、クラーレは時機を逸してしまい、タイムピースの記事を書いただけでした。
今回、改めて2年分を合体させて訪問レポートを書きたいと思います。

クラーレは自名義のタイムピースを公式に作り始めたのこそ2009年と後発の部類ですが、その時点でトゥールビヨンやミニッツ・リピーター、グランドコンプリケーションのエボーシュ・完成品を他ブランドに供給するというビジネスによって確固たる地位を築いていました(それが"自社"ムーブメントとして発表される訳です)。
初作、デュアル・トゥ(DualTow)は工房の20周年記念ピースという扱いで、68本限定、各ピースはすべて顧客の要望に応えた別仕様のユニークピース、とクラーレがムーブメント作成を行っていたジャン・デュナン(Jean Dunand)と同じ戦略をとっていました。
ユニークピース戦略はデュアル・トゥだけですが、その後もコンプリケーションウォッチやカジノゲーム機構を内蔵したゲーミングウォッチなど独特のセンスによって作られた複雑時計を次々に発表します。
最近でこそ少しペースを落としているようですが、1月のジュネーブと3月のバーゼルで別の新作を発表するなど独立系とは思えない開発ペースで新作を発表していました。

ムーブメント供給の時代はその成功とは裏腹にほとんど一般には知られていませんでした。
成功をもたらしたのは最初期からコンピュータを使った設計(CAD:Computer-Aided Design、コンピュータ支援設計)と数値制御(NC:Numerical Control)工作機械のテクノロジーを取り入れたことで、これにより効率の良い設計と部品製造が可能となり、複雑な機構を次々と開発・製造することができました。
対照的に、仕上げと最終組み立てに関しては現在でも伝統的な方法にのっとり、手作業で行っています。

公的にクラーレの名前が出たのは、前述のジャン・デュナン、ハリー・ウィンストン(Harry Winston)の独立時計師とのコラボレーションシリーズ オーパス(OPUS)の4作目のOPUS4、独立時計師の協業による作品作りを掲げたメートル・デュ・タン(Maîtres du Temps)の1作目、チャプター1(Chapter 1)ぐらいでしょうか。

ヴィアネイ・ハルター(Vianney Halter)のレポートと同様、OPUS4の時計師インタビュー動画を掲載します。


クラーレに対するインタビュー by ハリー・ウィンストン公式チャンネル

OPUS4はトゥールビヨンとカテドラルゴング・ミニッツ・リピーターを備えた"テクニカル・フェイス"と大型ムーンフェイズとポインターデイトを備えた"ロマンチック・フェイス"の二つの文字盤を備えた二面性を持つタイムピースです。
リュウズの位置的に表面は"テクニカル・フェイス”ですが、時分針はどちらの面にも備えられており、ラグ部分に設けられたリバーシブル機構によってケースを反転させて表情を換えて楽しむことができます。
ミニッツ・リピーターを備えていますが、クラーレの得意とする防水構造によりこの当時から3気圧防水が確保されています。

さて、クラーレの工房はスイスとフランスの国境近く、ル・ロックルの丘の上にあります。
会社組織としてはブランドのクリストフ・クラーレとムーブメントメーカーとしてのマニュファクチュール・クラーレに分かれているようです。


クリストフ・クラーレ&マニュファクチュールクラーレ 旧館


クリストフ・クラーレ&マニュファクチュールクラーレ新館


旧館と新館の間のガラス張りの渡り廊下

全体の会社規模は独立系としては比較的大きく、現在60人程度の従業員が所属しています。
建物は18世紀の古い時計師の館を購入して内装を改装した旧館と会社が大きくなる過程で本格的な大型NC工作機械を入れるために建築した現代的な新館に分かれており、二つの建物はオープンテラスを改造したガラス張りの渡り廊下で接続されています。

旧館の方は社長室・管理部門・設計部門・プロモーション制作部門・修理部門があり、新館の方は部品製造部門・仕上げ部門・品質保証部門・在庫管理部門・組み立て部門(呼び名は正式名称ではありません)があります。

まず旧館から、18世紀に作られた時計師のアトリエを買い取って作られました。
建物は古いですが、各部屋の出入りは指紋認証によって制限される厳格なセキュリティが施されています。



これは、他社からの開発依頼によってムーブメントを作るビジネスの秘密を守るためとのことです。

玄関、および受付は伝統的な内装がそのまま使われています。



受付では埋め込まれたモニタによって、自社内で作られたプロモーションビデオが流されています。
受付から階段を上ると設計部門です。



管理部門や設計部門は現代的な内装にリフォームされています。
設計部門では設計者がCADを使って設計を行っています。



ディスプレイは二枚、効率よく操作を行うための左手用3Dマウスなど、快適な設計環境を実現するためのインタフェースを備えた環境です。

プロモーション制作部門では設計部門から設計データをもとにプロモーションビデオを作成します。



クラーレ曰く、"映画アバター(Avatar)にも使われた"という3Dオーサリングツール、3ds Maxを使ってプロモーションビデオやカタログ用のCGを作成しています。

ここで一旦、新館の方に移動します。
旧館と新館は元々は旧館のオープンテラスだった場所にガラス張りの屋根をつけて作られた渡り廊下でつながれています。





旧館側は日光浴を楽しむことができる簡単な応接スペースになっています。
正直、訪問した夏は暑かったですが、冬であれば快適そうです。

新館は2階建てで、1階に部分に大型NC工作機械を備えた部品製造部門があり、2階にメッキ設備や各種研磨機を備えた仕上げ部門、大型のストッカーで供給したものを含む今まで製造した全てのムーブメントの部品を管理している在庫管理部門、そして時計師が組み立てを行う組み立て部門があります。

部品製造部門から見ていきましょう。















クラーレ自慢の16軸2台分が連結され連続加工が行える大型NC工作機械をはじめ、放電加工機やレーザーカッター、サファイアクリスタル用の超音波カッターなどの大型工作機械が整然と並べられています。



"これは工作機器メーカーと共同開発して、某大手メーカーも同じ仕様を40台導入している"と自慢げに語るクラーレを見ていると、実はNC機械マニアなだけでは…と思わなくもないですが、カタログの冒頭でも述べられているように製造設備にもちゃんと投資していると理解しました。


ワイヤー放電加工機に比べるとレーザーカッターは1000倍速い(1/1000の加工時間)と豪語するクラーレ


レーザーカッターによって作られたバカラの文字盤(ドラゴン)


加工内容に合わせて自動的に工具を交換するATC(Auto Tool Changer)

設計された部品は加工特性に合わせて各工作機械に割り振られ、加工されます。
ムーブメント部材のみならず、文字盤・針・ケースなどの部品もも社内で加工する体制を作っています。



各NC加工機によって作り出された部品の展示

16軸加工機を最も活かしたものとしてはX-TREM-1のケース及びムーブメント地板があげられます。





ここで加工された部品は仕上げ部門にて、研磨・焼き入れ・メッキなどを行い最終的な部品となります。
こちらは手作業による加工が主なので、小型の卓上機械を使って職人が一つずつ仕上げていきます。







仕上げに使用する各種研磨機です。
新しい機械や、古い機械に新しい回転数コントローラーをつけたものなど、複数種類の機械を加工によって使い分けます。


ケースポリッシュの様子





焼き入れ器と"キッチン"と呼ばれる各種化学処理を行うための部屋です。
鋼製の部品にに対し、焼き入れや焼き戻し、洗浄などを行います。

自社内でメッキも行うため、メッキ設備が用意されています。



劇薬を扱うための換気設備を備えた専用の部屋で、メッキ槽と温度コントローラー、定電流制御を行うための電源が並んでいます。

仕上げが行われた部品は、品質保証部門の別の担当者によってチェックリストに従い、設計値通りに作られているか・美観に問題はないかなどの検査が行われ、問題があった場合は再度仕上げを行います。
チェックを通過した部品は一部が"キット"と呼ばれる時計師に渡すための部品セットとして集められ、残りは部品ストッカーに保存されます。



部品ストッカーでは創業から制作したすべてのムーブメントの部品、数万種類、個数にして数十万から数百万個がストックされ、修理要求に対応できる体制を整えています。
作っているムーブメントの性質上、少数多品種なのでなかなか大変そうです。
また、設計データも電子的・紙のファイルとして保存しており、ストックが尽きた場合でも再製造できるそうです。



こちらは組み立て部門への出荷を待つ"キット"です。





個別に梱包された部品と設計図のセットで、時計師はこれを受け取り、組み立てを行います。

ここまでで設計から部品の製造までを見てきました。
後編では時計師が組み立てを行う組み立て部門(アトリエ)を紹介したいと思います。



関連 Web Site (メーカー・代理店)

CHRISTOPHE CLARET
http://www.christopheclaret.com/

Noble Styling Inc.
http://noblestyling.com/