アーミン・シュトローム 工房詳細レポート "小さいが真のマニュファクチュール"

 By : CC Fan



イベント"レゾナンス・イン・ギンザ"が、いよいよ今週末、10月26日に迫ったアーミン・シュトローム(ARMIN STROM)。
今回は、スイス取材紀行として速報的にお伝えしたアーミン・シュトローム工房訪問の、より詳細なレポートをお送りします。(※イベントの詳細に関しましては、記事末をご覧ください)


アーミン・シュトロームがあるビエンヌ(Bienne)は、ジュネーブから続くフランス語圏とチューリッヒから続くドイツ語圏の境界に位置し、公用語が二か国語で駅名もドイツ語のビール(Biel)とフランス語のビエンヌが併記される珍しい形になっています。
大手グループのスウォッチ(SWATCH)グループの本社およびオメガ(OMEGA)の本社があり、関連企業も集まる、いわば"スウォッチグループ王国"といった都市です。

他にもロレックス(ROLEX)のビエンヌ支社があり、アーミン・シュトロームが現在使っている建物も元々はロレックスの関連企業が使っていた建物だそうです。



いかにも小規模なマニュファクチュールといった面構えの建物。
手前に写っているのはマーケティングディレクターのエマニュエル・ビトン(Emmanuel Bitton)氏。



先ほどの写真でも左側に写りこんでいるインターホン上のロゴ。
ブランドのイニシャルASをテンワの形に意匠化したブランドロゴ、個人的にはかなり好きです。
また、"制作が難しいテンワすら作る"という気概の表れ…というのは考えすぎでしょうか。



先ほどの3階建ての建物に2階建ての建物が連結したような構造になっており、製造部門は2階建ての建物の方に集約されています。
3階建ての建物は管理部門が入っています。
どちらの建物も1階部分が半地下に埋まっており、外からのアクセスは2階(1.5階?)から行います。



見学に先だち、ブランドヒストリーの説明が。
ブランド創設者のアーミン・シュトローム氏は1938年生まれ(今年で80歳!)、ビエンヌ繋がりでオメガからの依頼を受けてスケルトンウォッチを製作したり、既存ムーブメントをスケルトン化するスケルトナイザーとして名を馳せました。
ヒストリーにもあるように、2006年に創業者のサージュ・ミシェルとクロード・グライスラーが経営を引き継ぎ、株式会社(AG ドイツ語でAktiengesellschaft)化し、マニュファクチュール化を推し進めます。

ちなみに、アーミン・シュトローム氏は現在は名誉職のようなポジションで悠々自適の生活を過ごしているとのこと。



半地下部分から見学スタート、工作機械が重たく堅牢な土台が求められる部品製造部門が配置されています。
まず見せていただいたのはレーザー加工機、切断などに使う高パワーのものではなく、表面を荒らして彫刻(エングレーブ)を行うためのもの。
名入れなどユニーク仕様の要望にはハンドエングレーブとレーザーエングレーブ、どちらでも対応できるとのこと。
この中に"見てはいけない"ものがいたので開けた写真は残念ながらNG。



"材料もスイス製"にこだわるということで、スイスメーカーL.KLEIN SA製の金属が。
L.KLEINは1946年に設立され、ビエンヌに本社がある金属製造・販売業者で、時計製造用金属を得意としています。
カンタロス(Kantharos)に使われた粉末冶金ステンレスM-15XもL.KLEINの製品です。



手動の時計旋盤、工房の"飾り"ではなくちょっとした試作やユニークピースの製作時に活躍するそうです。



TORNOS社のSwissNano CNC旋盤、名前の通りナノ(10の-9乗)レベルの加工精度を実現するそうです。
加工直径は最大7mm、荒加工から仕上げまで一台で終わらせることができ、巻き芯やピニオン、ネジなどを作っています。

機器メーカーによるネジを作るデモムービーを。



旋盤ではありますが、旋盤加工のみではなく、追加の加工軸によりネジ頭のスリットまで一括で製造しているのがわかるかと思います。
材料が出たり入ったりしているのは、フェーダー(供給機)から送り込まれ、自動的に再セットされるから。



ガードはまるで宇宙船か戦闘機のコックピットのよう、SFめいたデザインですがメンテナンス時に全方位から機械にアクセスできるという点では理に叶った形です。
機械本体もコンパクトで、メーカーもフットプリント(設置面積)が小さいことを売りにしています。
温度を一定に保ち、加工精度を上げるために、勢いよく機械油が加工部に吹き付けられています。



材料を供給するフェーダー。
先ほどのストックされていた棒状の素材をここに入れると自動的に旋盤に送り込まれます。



加工プログラムの様子。
CNCコントローラーは日本のファナック(FANAC)製でした。
背景で工房のコンパクトさは伝わりますでしょうか?



検査ベンチ。
大手マニュファクチュールでは検査も自動化していることが多いですが、少数多品種生産のアーミン・シュトロームでは手動で検査しています。
各種マイクロメータ、実体顕微鏡がきちんと整理されて置かれています。



何もないように見えますが、微小なネジを見せていただいています。
接眼レンズにカメラを押し付けて撮ればよかったと後悔。



もう一台のStar社のSB-16 type E CNC旋盤、日本製ですが"スイス型"という形式だそうです。
リンク先のStar社の説明を引用します。
スイス型自動旋盤は、時計部品を加工する機械として、1870年代にスイスにおいて考案されました。別名“主軸移動型自動旋盤”とも呼ばれ、直径に比べて部品長が長い部品を高精度に切削できる点が大きな特徴とされています。
一般的には、細長い部品を汎用旋盤で加工を行うと、加工物がたわみを起こして正しい寸法に仕上げることができません。 
スイス型自動旋盤では、材料の振れ止め装置の働きをするガイドブッシュを用い、刃物はガイドブッシュから一定距離の位置で、外径方向の切り込み運動のみを与えるため、加工物はたわみを起こさずに、高精度に切削することができます。また、軸方向の運動は刃物台が移動するかわりに、主軸台が素材を把持した状態で移動する機械構成となります。
型番の16は最大加工直径16mmを表しており、歯車などSwissNanoよりも大きな部品を加工するのに用いているそうです。



こちらも大量のオイルを吹き付けるための吹き出し口(青色のパーツ)が備えられています。

旋盤は歯車・ピニオン・ネジ・巻き芯など円筒状の部品を作るのに長けています、ではバネやプレートなど形状がより複雑なものはどうやって作るのでしょうか?



一つはワイヤ放電加工機です。
GF Machining SolutionsFI 240 CCS(PDFです)、ワイヤと加工対象の間でアーク放電を起こし、放電の高熱により対象物の一部を溶解・蒸発させて除去し、型抜きのように切断する方法です。
ワイヤーを通すための下穴が最初に必要ですが、切削と違い力がほとんどかからないので薄い素材から複雑な形状を切り出すことができます。
この機械では更にワイヤーを斜めにする制御(最大で45°)を加えることで面取りのような形状も加工できるようになっています。
複雑な形状を持つレゾナンス・クラッチ・スプリングはこの機械で切り出されています。



操作コンソール。
昔懐かしいパソコンが組み込まれている…?

この機械では各種規制バネやレゾナンス・クラッチ・スプリング、文字盤側のブリッジなど厚みがあまりない部品を切り出しています。



もう一つは"大物"、マシニングセンタです。
こちらもGF Machining Solutions製、Mikron HSM 200 LP、45種類の工具を自動交換するATC(Auto Tool Changer)と材料を自動供給するフェーダーを備え、主に地板とブリッジの加工を行います。
下側の網目状のものは機械油を回収するためのパン。



フェーダーで材料が供給される様子。
4枚の地板がセットになって供給されています。



加工部、材料がセットされたテーブルがアームのような軸で支えられ、縦横無尽に回転しながらエンドミルに押し当てられ、加工されます。



リアルタイムに状況を表示するコンソール。



最後は歯車の歯を切るホブ盤、Monnier Zahner AGのW90ホビングマシーン。
旋盤でカットした円盤の外周にこの機械で歯を切ります。
制御はコンピュータですが、セットは手動!右側に見切れている方が一つずつセットしてスタートボタンを押し、加工が終わったら取り出す…を繰り返します。



出来上がった部品類。
この状態ではまだ切りっ放しですが、最終的にデコレーション部門で装飾を施され、完成します。

建物は手狭ではありますが、機械の配置もよく考えられており決して使いにくい印象でありませんでした。
グライスラー氏と話している時に、"Small"と言って悪い意味かなと思い、"Compact"と言い直したのですが、氏は別媒体の取材で言われたという”Small but real Manufacture"という表現で答えてくれました。
これを意訳したものが記事のタイトルです。
確かに、時計ムーブメントを作るのに必要なものは備えられており、材料とヒゲゼンマイ、ルビーのみは外部調達ですが、それ以外はすべて社内で作ることができます。
特に、ミラード・フォース・レゾナンスでも専用のものを作ったように、テンワ(バランスホイール)を社内で作れる独立系はあまり聞かないので、技術力を証明しています。



こちらは入り口にある加工手順を示したデモキット。
切削加工(Milling)と旋盤加工(Turning)で部品が作られる様を示しています。


そして2階へ。



元々が工房だったので部屋に区切られている構造ではなかったそうですが、ガラス張りの廊下を作り部屋に区切りました。
部屋は区切りましたが、ガラス張りなので見通しが良く、まさに一目瞭然です。



まずは頭脳たる設計部門。
グライスラー氏を入れて3人の設計者が従事し、設計を行っています。
写真はトゥールビヨンケージの各種図面と写真。



CAD画面も見せていただきました。
AutoCAD社のInventor、時計業界では比較的よく聞くソフトウェアです。
映っているのは…!?



デコレーション(仕上げ)部門。
最新の機械で作られた部品ですが、最後の美的な仕上げはやはり人の手によって行います。



テスト用の地板を使ってペルラージュの調子をチェックする女性時計師。
位置、押し付け強さ共にガイドとなるものは全くなく、彼女のセンスが仕上がりを決めます。

やってみる?ということで挑戦させていただきました。



右が私、左が彼女、プロの実力を見せつけられました。



ハンドエングレーブのテーブルも。
ブリッジや地板にまでオーダーによって好きな模様を彫り込むことができます。



ポリッシュマシーン。



各種仕上げのサンプル。



こちらもデモキットに。

仕上げが行われた部品は検査後、ストックに送られます。



ストックでは設計図と部品が整理されて収納されています。



部品のストック。

アーミン・シュトロームを特徴づける点の一つとして、規模の小さい独立系にしては珍しく電解メッキを社内で行っていることが挙げられます。
これにより地板・ブリッジの色を変更するなど細かいリクエストに対応することができるようになりました。



各種メッキ、後述しますが、あるメッキが別のメッキの前段階だったり、手順は複雑です。



メッキ用冶具。
部品をひっかけて沈めます、部品サイズによって異なるタイプを使い分けます。



メッキ槽。
上側に見えるのはメッキ用電流を供給する定電流電源、電流を一定にすることで、時間当たりの移動する金属イオン数を管理し、被膜の成長速度を決め、さらに時間を管理することでメッキの厚さを一定にします。



電解液。



別の電解液。
色ごとに独立した電解液があり、中和・洗浄用の槽も別にあります。



電解液と電極素材のストック。



メッキのデモキット、"系統図"。
素材の真鍮から始まり、前処理の金、ニッケルを経て各色に分岐します。
一番手間がかかるのは2Nイエローゴールドの上にかけなくてはいけないルテニウム、それ以外はニッケルから直接最終色をかけることができます。



廊下の突き当りが組み立て部門。
専属の時計師は2人、必要に応じてデコレーション部門の時計師が応援に駆け付ける体制とのこと。



トゥールビヨンの組み立てを行っていました。
アーミン・シュトロームはいわゆる"二度組み"を行っており、最初にテスト用のブリッジ・ネジを使って組み立てて調整を行い、その後完全に分解してクリーニング、最後に本番用のブリッジとネジを使って組み立てます。
更に精度も重視し、一般的な高級時計の基準である5姿勢での調整ではなく、6姿勢の調整を行って出荷されます。



丁度くみ上げが終わり、機械台の上でランニングテストを行っていたアワーグラス銀座ユニークピース用のピュア・レゾナンスムーブメント。



レゾナンス専用の歩度測定器。
一般的な音ではなく、500fpsの高速カメラによる画像解析で歩度を測定するそうです。



補助フレームにより、台自体が6姿勢で置けるようになっており、一回セットしたら6姿勢で調整可能。



防水検査機。



音で確認する一般的なウィッチ(WITSCHI)の歩度測定器もあり、こちらは自動で6姿勢を測定します。



自動巻きをチェックするワインダー("観覧車")と金庫。



洗浄機と裏蓋取り付け機。



キットのストックと水道。



こちらは組み立て(アッセンブリング)デモキット。

部品製造部門の終わりでまとめたことと同じ印象で、建物は手狭ですが、それぞれを最大限に無駄なくレイアウトすることで必要なものがすぐに手の届くところにある、"心地よい狭さ"とでもいうべきレイアウトが作られていると感じました。
確かにこの建物では現在の規模から大きくすることは難しいでしょうし、数を追うような体制ではないです、しかし嘘と妥協のないものづくりの姿勢、"よそ行き"ではなくすべてを見せられるリアルなマニュファクチュールとしての価値はかけがえのないもので、これからも"小さいが真のマニュファクチュール"として、ぶれることなく作品を作っていってほしいと強く思います。
グライスラー氏のお話を伺う限り、大丈夫でしょう。

最後に公式YouTubeチャンネルから、マニュファクチュール紹介動画を掲載いたします。
社内で設計から組み立てが一貫して行われる様子、"心地よい狭さ"が実感できるのではないかと。



ありがとうございました!






WATCH MEDIA ONLIN 読者、もれなくご招待の
アーミン・シュトローム"レゾナンス in GINZA"
初日イベント詳細



会期は10月26(金)~28(日)日の3日間。
WATCH MEDIA ONLINE読者のご招待は26日です。17時より内覧可能、プレゼン開始は19時からになります。

【展示】
26日の当日、アワーグラス銀座は定時から営業していますが、夕方17時にはイベント関連のセッティングが完了。この時点から「ミラード・フォース・レゾナンス・アワーグラス銀座限定」が本邦初公開されます!

【プレゼンテーション】
そして、19時より、スイスから来日した技術陣によるプレゼンテーションがスタート。
このプレゼンには、今月初頭までスイスで現地取材していたCC.Fan氏も参加して、レゾナンス機構のポイントや、スイス時計産業におけるレゾナンス機構の立ち位置など、ホットな最新情報を提供してくれます。
※プレゼンが公式に行われるのは26日のみです。

時計史においても重要な提起であるアーミン・シュトロームのレゾナンス機構を、ぜひ間近にご覧ください!


そこで前回に引き続き、ちょっとしたお願いです! 
読者のみなさまをもれなくご招待ではありますが、当日のご用意のため、おおまかでも人数を把握しておもてなしに反映させたく、ご参加をお考えの方は、できましたら、このブログのコメント欄にご投稿いただけますと有難いです。

もちろん匿名での投稿も可能ですし、非公開コメントでも構いません。投稿文を書くのが面倒という方は、
①参加を決めています。
②参加を前向きに考えています。
③時間があれば参加するかもしれません。

という[①]、[②]、[③]の数字だけでも結構です。みなさまに寛いでいただけるような椅子の用意やケータリングなどのための目安が必要でして、ぜひともご協力をお願いいたします!!

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