ライネ 2014年度ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワード最優秀賞のムーンフェイズを改めて振り返る

 By : CC Fan

初来日も無事に終わった
ライネ(Laine)のトースティ・ライネ氏、日曜日は観光と販売店巡り、月曜日のフライトでスイスに戻り、残ったオーダーを作らなければ!と”嬉しい悲鳴”のようです。

さて、輝かしいキャリアの最初のステップである 2014年度ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワードにて最優秀賞を獲得したムーンフェイズディスプレイ、私はその完成度と、地球から見た月と、月から見た地球(地球の出)を表現したことが評価された作品だと思っていましたが、実はもっと驚く機能があったことが5年越しで判明しました。
実にポエティックかつ素晴らしいと思ったのでレポートします。



この年のエントリー作品、文字盤や針まで完成させたライネ氏の作品が際立ちます。

ダブルフェイスの片面ずつ見ていきましょう。



一見すると文字盤全体を使った通常の大型ムーンフェイズに見えますが、氏が作成した資料では“Moon phase display with adjustable top disk for different latitudes“、すなわち、”異なる緯度の為に調整可能なトップディスクを備えたムーンフェイズディスプレイ”と説明されています。

結論から先に言うと、月の見え方を今の緯度にあわせて調整できるムーンフェイズです。

クレヨン(Krayon)のユニバーサル・サンライズ・サンセットの説明で何度も登場しましたが、地球が球体であること、黄道面(公転する面)に対し地軸が23.4度傾いていることで地球上の位置によって天体の見え方は変化します。

クレヨンの説明でおなじみ?暦Wikiによると、月の光は太陽光の反射なので、月の満ち欠けがどのような形になるかは太陽の相対位置で決まります。
北半球と南半球では反対から見ているような関係になるので、欠け方も逆になる…と言うのがIWCのダブルムーンフェイズなど、窓が二つあるムーンフェイズの基本的な原理です。

しかし、これは代表値に過ぎず、北ヨーロッパ(北緯60度)では三日月は立った形になり、シンガポール(北緯1度)では水平で笑ったような月になる…ということにライネ氏は地元フィンランドと旅行で訪れたタイで気が付きました。



左が北緯60度の三日月、右が北緯1度の三日月。

もうお分かりでしょうか?
ムーンディスクに加え、満ち欠けを作るために遮るトップディスクも回転させることができるようになっており、新造された4時位置のコレクターで修正することができます。

ムーンディスクは59歯を1歯ずつ送る8時位置のコレクターで修正されるので、トップディスクも同じく59歯、同じ回数だけ押せば月の形は変えずに月の位置だけを動かすことができます。
一回押すごとに、360/59で6.1度動かすことができ、合わせるための補助目盛として10度ごとに星が配置されています。

計算としては緯度ー地軸の傾き(カレンダーに依存)で正確な太陽からの光の角度が求められ、それに合わせてトップディスクの開口部を合わせれば光の当たり方がよりリアルになると考えればいいかと思います。
実際には刻一刻と変わりますが、まあ月ごとに調整すれば充分で、資料でも月ごとの代表的な地軸の傾きから値を求める方法が記載されています。

逆に、旅行した場合(緯度が変化した場合)はより簡単で、ヘルシンキ(北緯60度)からミュンヘン(北緯48度)に旅行した場合は緯度の変化は12度、トップディスクを2クリック送れば12度(2×6.1度)変化します、その後ムーンディスクも同じ回数送ることで月の大きさはそのまま位置だけが変わります。



構造としては固定だったディスクを送れるようにした極めてシンプルな作りで、4時位置のプッシャーと12時に見えるトップディスクの位置を決める規制バネを追加した以外は通常のムーンフェイズと同じです。
24時間車についたばねがムーンディスクを押して月齢を送り、8時位置のプッシャーで早送りできます。



ムーンディスクを乗せた状態。
ディスクは軽量なアルミニウム合金A6082、陽極酸化処理も自分で行い、星はハンドペイントで描かれています。

回りの3つの平らなルビーはトップディスクの支えであることがわかります。



トップディスクをつけた状態。
この星もハンドペイント。

よく見るとこの画像と最初の画像でムーンの位相が違うのですが、説明されるまで全く気が付きませんでした。



ランゲの資料でも動いています。

資料をよく読むと、”With a pusher, his moon-phase display can be adjusted to render the appearance of the moon as seen from anywhere in the world.”すなわち、世界中のどこからでも見える月の外観に調整できると書いてあるのですが、完全に見逃してました…

正直、表だけでも素晴らしいのですが、更に完璧にしたのが裏面のアースフェイズディスプレイです。
これは月から見た地球が上って沈んでいく様子を表現したものです。

アポロ8号によって1968年12月24日に偶発的(予定になかった)に撮影された”地球の出(Earthrise)”と呼ばれる写真に着想を得ており、月から見た地球が同様に太陽の光を受けて宇宙空間に浮かんでいる様子を表現しています。

技術的にはシンプルな構造で、ムーンフェイズを反対から見ているだけなので、ムーンフェイズを逆回転させればよく、24時間車と59歯の歯車で実現できます。
個別の修正プッシャーを加え、アースフェイズも個別調整できます。



極めてシンプルなアースフェイズディスプレイの機構部分。



これはまさに発想の勝利だと思います。
アースディスクもムーンディスクと同じくアルミニウムA6082製。



ムーンフェイズのアイディアスケッチ。



アースフェイズのアイディアスケッチ。

このほか技術的な内容とスケジュール感を引用すると以下になります。

このデザインスケッチを書いたのが5月、CADによる設計を固めたのが7月15日から8月7日での50時間から70時間ほど、最初のパーツができたのが8月18日、最後のパーツが出来上がったのは10月3日に時計を発送する2時間前で、7週間フルに製造にかかって完成させたとのこと。
ほとんどのパーツはリビジョン(履歴)1で動き、わずかなパーツが作り直した2になっているとのこと。

ベースキャリバーはユニタス6498。

モジュール地板は真鍮でCNCフライスによる切削加工、ヘアライン仕上げとペルラージュ。
全てのばね部品のスチールパーツは同様にCNCフライスによる切削加工、手作業による焼き入れ硬化処理ののち、ポリッシュとヘアライン仕上げ。
星車はCNC切削によってステンレススチールから作られた。

全てのアイディアの検証、デザインはSOLIDWORKSで描かれ、Mastercamでツールパスを生成、CNCマシンを使用し、旋盤加工、フライス加工、仕上げ、陽極酸化処理、電解メッキもすべて自分(ライネ氏)によって行われた。

控えめに言っても凄すぎ…
改めて入賞の写真を。



見ての通りかなりの厚みがある…とはいえ、彼は現在”腕化”も検討中とのこと!
表だけでも…と思ったけど、やはりダブルフェイスにしてほしい!

関連 Web Site

Laine Watches - Independent watchmaker in Switzerland
https://www.lainewatches.com/

Noble Styling
http://noblestyling.com/