ライネ 激動の2019年を振り返る 来年もよい年を!

 By : CC Fan

2019年も本日で終わり、今年もいろいろあり、モチベーションが行ったり来たりしましたが、今年もっとも良かったのはなにか?と思い返すと間違いなくライネ(Laine)を紹介できたこと、自分自身がカスタムピース、”カメレオン・カスタム”を注文できたことだと思います。

バーゼルでの出会いから、ワークショップ訪問見ようの会でのオーダーお持ち帰りファーストオーダーピースのデリバリー自分用のカメレオン・カスタム(オマケ)、そして初来日の様子とWMOで逐次お伝えしてきていますが、”総括“として1記事で振り返ってみたいと思います。

まずはバーゼルワールド、お馴染みノーブルスタイリング葛西氏が「凄いのを見つけた、これは是非ともやりたいので情報が漏れるのは避けたい、紹介するので時間だけ空けておいてくれ」とかなり慎重な依頼をしてきたのが始まりです。
後ほど聞いた話では、後ほど注文することになる”ビックカスタマー氏”が葛西氏に「ライネって知ってます?」という話を持ち掛け、その場で葛西氏がメール、バーゼルワールドで会うことになったのでプレス(私)に紹介する手筈を整えた…と言うことのようです。



バーゼルでは独立系が集まるアトリエ(atelier)のカフェスペースにてミーティング、工房内で作っているという自作の文字盤、”別物”と言えるほどモデファイしながら、信頼性のあるユニタスをベースにしたムーブメントと個人的な嗜好にドンピシャ、この時点で結構グラグラ来ていましたが、バーゼルなので他に目移り…もあり、葛西氏が見本として3本オーダーしたのが届いたら検討しようと思いました。

また、彼が賞を取った2014年のランゲのウォッチメイキングアワードの発表式には編集長が同席していたという奇妙な縁も後ほどわかります。

次のタイミングは7月の取材紀行、葛西氏がスイスに行くと聞き、一念発起して本業の休暇(夏休み)を取り、フライトを予約して行くことに。
この時、ライネの工房を訪れます。



おそらく、わかり易いように作ったであろうシンプルな表札。
もしかしたら、工房に人が訪れることがそんなになかったのかなとも思いました。



いわゆる専用の時計師机ではなく、コストパフォーマンスに優れるIKEAの机・椅子などを組み合わせて”使いやすい”環境を作り、時計旋盤や工具が整然と置かれた作業環境。
”タダものではない”感を感じました。



この時進行していた”見本”としてオーダーした3本のムーブメント。
「これを仕上げて、発送したらバケーションに行く」の言葉通り、ちゃんと納期を守って届きました。
納期にルーズな独立系には珍しいです!



強烈な印象を残し、後ほど”カメレオン・カスタム”のベースとなる特殊コートによる緑色文字盤。



7月は一番いいシーズンですね…

この後、実機が日本に到着、見ようの会を行ってオーダーが集まったり、「趣味にぴったり合うのがあったから、今日持って帰る」という衝撃的な展開がありました。
そして、時計師来日イベントを行っていた日本橋三越ウォッチギャラリーの年内最後に来日することが決定。

それにあわせてではないですが、強烈な印象を残したグリーンのダイヤルを活かした作品を作れないか?と思いカスタムオーダーを進めていきます。
ノートに書いただけの雑なイメージ図から、彼が見事なCAD図を起こし、そのままCNCフライスを作って形にします。
この作り方は後ほど…

カメレオン・カスタムは”諸問題”はありつつも完成。
カンタロス君が”里帰り”しているので普通に毎日使い続けていますが、まさに”普通にいい時計”というキャッチコピーがぴったりの出来。
鮮烈なグリーン文字盤でありながら、地金を出したインデックスにより視認性は抜群によく、時間は読みやすい。
ユニタスそのものの性能の良さに加え、スモールセコンドの負荷がないと言うより良い条件で動いていることもあって、精度は申し分なし、ユニークで軽量シリンジ針も一役買ってそうです。
巻き味もいかにも手巻き!というコハゼの移動量が多く、カリカリという感触が手に伝わる感触で巻いていて楽しくなります。



そしてノーブルスタイリングギャラリーと三越での来日イベント。
IT関係のキャリアを積んできて、40歳からフィンランドの時計学校に入って学んだという異色のキャリア、キャリアのバックグラウンドを感じさせるコンピュータやCNCなどの便利な道具は十二分に活かすという巧妙さは非常に心強いと思いました。

特にすごいと思ったのはランゲの賞を取ったムーンフェイズ、3D CAD(SOLIDWORKS)による設計とCNCフライス・旋盤による部品製造、手仕上げによる作りですがほとんどの部品がリビジョン1、すなわち最初の製作で作ったものが動いたという事実です。

極めつけは…



一番上が空いてるじゃないか!と言いながら、”神の手”ミシェル・パルミジャーニの上にサインを書きだす。
私はこれで、”こいつは間違いなくやる!”と確信しました。



IT系ということで身内贔屓(本業がIT系)がありますが、彼はIT的な現実・科学主義の考え方と時計製造の伝統の考え方をうまくミックスしており、慣習を”本当に必要なこと”と”ただの惰性”に分けて考えているように感じました。
目的とする作品のためには最新の工作機械も導入する方針で、深い彫刻を実現するための”最終兵器”ともいえる、ファイバーレーザー加工機買ったとか…次のバーゼルで見せて!伝えました。

現時点でバックオーダーも10本以上あり、葛西氏共々、”嬉しい悲鳴状態”とのこと。
また、日本に来てカスタマーから”直の声”を聞いたことで日本の嗜好を学び、”次”に活かすようです。
そして、ランゲの賞を取ったムーンフェイズも何らかの形で作品に仕上げたいとのこと。

彼の現実的な所として私が一番感じたのは、文字盤を自前で作るという戦略です。
以前は外注していたのですが、ロットの問題、クオリティの問題、コストの問題があり、自前で作ればよりユーザーの要望に応えられるし、コストも抑えられる(外注の方がはるかに高い)ということに気が付いて自分で作ることにしたと。

プレゼンテーションから、作り方を見てみましょう。


3D CADで原型を作成します。
この時点で形状データとして、インデックスやインナーリング、ロゴプレートをつけるための凹みなどが作られていることがわかります。
この形状はCADで作られた各部を重ねた形なので、フォントを変えてほしいやローマ数字にしてほしいをはじめ顧客からの要望によって柔軟に修正することができます。



形状ができたら専用のツールでCNCフライスの切削パスに変換し、CNCフライスで削り出します。
切削痕が見えているのでわかるかもしれませんが、複数の工具を使い、粗削りから仕上げ削りで作っていきます。
写っているのは片面だけですが、裏面からも加工しムーブメントが収まるスペースを作ります。



手作業によるサンドブラストで切削痕を消し、全体を梨地仕上げにします。
この後、凸になっている部分のみを手作業で研磨し、ヘアライン仕上げを施します。

形状が整ったら洗浄を行い、社内でのメッキまたは外注によるCVD加工を施します。
社内では電解ニッケルメッキの下地の後、無電解金メッキにより、ゴールドやシルバー(アントラサイト)を作ります。
外注はMB&Fのカラー文字盤(ムーブ地板)も手掛けている一流コーティングサプライヤーポジティブ・コーティング(Positive Coating)で、カメレオンのグリーンやブルーやパープルがこちらだそうです。
CVDは大規模な真空装置とプラズマ装置が必要なので、”餅は餅屋”とのこと。



これはコーティング上がりの状態。
PVDと言っていましたが、実際はCVDで化学反応も併用して表面に色付きの結晶を生成しているようです。
コーティングにより文字盤のベース素材が違い、メッキは真鍮(黄銅)、CVDコーティングはアルミニウム合金A7075とのこと。
A7075は硬いのでサンドブラストとの相性も良いそうです。



フュメ(煙)と呼ばれるグラデーション文字盤の場合、旋盤に取り付けて回転させた状態で、メッキの上からエアブラシで濃淡をつけていきます。
一応、失敗しても洗浄してやり直すことはできるけど、”一発勝負”だそうです。



最後に凸部の塗料をやすりで剥がし、地金を露出させます。
このままでは腐食して輝きが失われるので微量のラッカーで表面を保護します。
これで完成、1日置いてラッカーが乾燥すれば使えるようになります。

同じことは外注でもできるでしょうが、コストがまず折り合わないでしょうし、自分でやっているなら納得するまでクオリティを上げることもできます。

モノブロック構造なので、アプライドや貼り付けが剥がれる/外れるというリスクもなく、印刷が劣化するということもないCNC時代の文字盤…と言うのは言い過ぎかもしれませんが、私はそう感じました。
もちろん大前提として、クオリティが素晴らしいのは当然で、それがあって手法が賞賛されるわけで、手作りだから良いというわけではありません。

繰り返しになりますが、いろいろあったけど、彼を紹介できただけでもWMOをやっていた甲斐があったかな…と思いました。
来年も目が離せません!

よい年末をお過ごしください。

関連 Web Site

Laine Watches - Independent watchmaker in Switzerland
https://www.lainewatches.com/

Noble Styling
http://noblestyling.com/