クレヨン エニィウェア 実機写真とメカニズム詳細、新しいムーブメントコンストラクション
By : CC Fanこの記事の1分前に発表されているであろうクレヨンの新作、エニィウェア(Anywhere)。
日本語で表現するのであれば、前作エブリウェア(Everywhere)が「どこでも・至る所に」に対し、「どこか」と言うニュアンスが一番適切でしょうか。
本来であれば、バーゼルでお披露目となる予定ではありましたが、昨今の状況ではそれはかなわず、メールとチャットベースでレミ(創業者のRémi Maillat)にインタビューした実機写真とメカニズムの詳細、そしてプレスリリースでも触れられていない新しいムーブメントコンストラクションについてレポートします。
詳細については後ほど見るとして、まずは実機写真を。
クレヨンを特徴づけるコンプリケーション、日の出・日の入りを可視化し、24時間表示と重ねて表示する外周部のリングが特徴的です。
エブリウェアは中央のダイヤルが分のみを表示するレギュレーター相当で、時刻を読み取るためには外周部の24時間表示を読む必要がありましたが、エニィウェアではパラメータ表示が省かれた表示のシンプル化に伴い、中央部が通常の時分針となりました。
逆に24時間表示はアロー状の表示から太陽型になり正確にポイントするよりも視認性と分かりやすさを重視した表示になっているようです。
より斜めから見るとディスクが重なる様子が分かるかと思います。
エブリウェアはサファイアクリスタルディスクが3枚(24時間針、日の出、日の入り)でしたが、エニィウェアでは2枚(日の出、日の入り)になり、24時間針は金属で作られた針部分のみとなりました。
これと機構のシンプル化によりエブリウェアのケース高さ11.70 mmに対し、ケース高さ9mmと更に薄型化することに成功し、ケース径も42mmから39mmに小径化、日常的に使えるドレスウォッチのサイズにコンプリケーションを詰め込みました。
過去に所属していたグランメゾンでハイコンプリケーションであっても装着感が悪い時計は時計ではないという事を学んだレミの面目躍如です。
手巻きムーブメントは上半分にメインの計時機能を配置し、下半分にコンプリケーションを配置した完全統合設計。
古典を追をわせる板バネタイプのコハゼ、プレートを大きくとりメカニズムを安定させるデザイン…ですが、何か違和感を感じないでしょうか?
後ほど触れるので、その前に是非とも考えてみてください。
特許を取得したエブリウェア譲りのサンライズ・サンセット機構。
もちろんレバーやカム部分はきちんと磨き込まれています。
今回、「ジュウ渓谷の名匠」に師事し、仕上げについて学んだというレミ、過度に装飾的ではないヌーシャテルのスタイルは保ちつつ、各部の質はより向上しているようです。
さて、メカニズムの詳細を見ていきましょう。
エブリウェアについては過去の記事、全体とUTCからの時差と経度から経度0度からの補正値を求める部分と緯度とカレンダーから経度0度の日の出日の入り時刻を求める部分にレポートしましたが軽く振り返ります。
基準となっているのは1年で一周するプログラムカムで、これには緯度0度における日の出・日の入りの時刻が記録されています。
これは主に地球の公転軌道が完全な円ではないことで決まるパラメータです。
次に地球の地軸が傾いている影響で、緯度によって日の出・日の入りの時刻は変化します。
以前も引用した国立天文台 暦計算室 暦Wikiより、日の出入りの早い場所・遅い場所を。
春分の日・秋分の日は地軸に対し太陽が垂直になるため、緯度によらず日の出・日の入りの時刻は同じになります。
もっとも地軸が傾くのは夏至と冬至で、夏至では北へ行くほど日の出は早く、日の入りは遅くなり、冬至はその逆、南へ行くほど日の出は早く、日の入りは遅くなります。
この緯度によって夏至と冬至で逆方向に変化するという特性を表現するのがカムを夏至と冬至を結んだ軸に平行移動させる調整機構です。
これにより、夏至と冬至に最大になる緯度による日の出・日の入りの時刻変化をモデリングしています。
これの値をレバーで読みだすことにより、経度0における日の出と日の入りの時刻が求まりました、経度はよりシンプルで24時間で1周(360°)地球が自転すると考えると経度が15度進むごとに1時間ずつ日の出・日の入りの時刻がズレることになります、これを足してやればOKです。
しかし、そのままでは時刻がUTC基準になるため、UTCからの時差を足し合わせてやればローカルタイム基準での日の出・日の入りの時刻が求まります。
これが、エブリウェアがカレンダー・緯度・経度・UTCからの時差という4つのパラメータを必要とした理由です。
ダイヤルからすべてのパラメータを設定するためにラチェット・カム・水平クラッチを応用したパラメータセレクタと4つの差動歯車機構と言う複雑な機構を備えていました。
さて、エニィウェアはどうでしょうか?
結論から言ってしまえば、「時計師のみが調整する」と言う前提に基づき、機構を大幅にシンプルにしました。
エブリウェアは日の出・日の入りの時刻の計算そのものを行う部分よりもパラメータを設定・表示するための機構、そしてそれを足し合わせるための差動歯車機構の方が複雑な印象がありましたが、エニィウェアはカレンダーのみユーザー調整可能(これは当たり前)にし、残り3つのパラメータは時計師(納品またはオーバーホール時)によってセットする前提になっています。
赤色の部分が緯度を設定するラックとヨークを組み合わせた部品、エブリウェアでは1年で1回転するディスクへ外部から差動歯車で位置情報を送っていましたが、エニィウェアでは直接回転させることで設定します。
青色の部分が経度とUTCからの時差に相当する補正時刻を足し合わせる設定用ネジ、足し合わせる値自体は同じなのですが、日の出用と日の入り用を分けて配置することでよりシンプルにしています。
ここも差動歯車で補正値を足し合わせるのではなく、筒カナの様な摩擦クラッチで直接歯車を動かして設定することで大幅にシンプル化しています。
「ラックとヨーク」と呼ばれるコア機能のパーツ。
十字状に穴が開いた部分に工具を差し込んで回転させ、カムを直線移動させます。
ダブルナットの要領でネジ山にテンションをかける機構が設けられており、設定後は回転しないようにロックすることができます。
カムに当たるレバー部分に基準線が切ってあり、ここに合わせて設定するようです。
見てわかるようにケースバックを外してしまえばアクセス可能な位置にすべてが揃っているため、調整は容易です。
エブリウェア同様、機能ごとにまとめてブリッジを分割する機能的な構造になっています。
コアパーツを構成するのが以前「チラ見せ」したパーツです。
これはヨークを構成するラックの垂直軸を支持するパーツでした。
マッチ棒の先との比較。
さて、調整が時計師しかできないのであれば古典的日の出・日の入り表示と何が違うのか?と思われるかもしれません。
これは、「調整のみでOKで部品製造はいらない」という事です、古典的な機構では緯度・経度・UTCからの時差相当のパラメータがすべてが一体となったカムとして実装されており、場所を変えるためにはカムを新造して置き換える必要があります。
例としては以前機構を探ったしたVCのコンプリでは「シンガポール」と記されたカムが搭載されており、対象とする地域によってカムを製造して交換しなければいけないことを示しています。
旅行時にもユーザーが設定できるエブリウェアほど気楽ではないですが、引っ越しぐらいであれば充分対応可能でよりバランスをとった感覚だと言えると思います。
その代わりに文字盤側にパラメータ表示などがなく、シンプルにまとまっているという魅力を考えると私は充分アリだと思います。
さて、最後はムーブメントコンストラクション、すなわち構造について。
違和感に気が付きましたでしょうか?
普通なら当然あるべきものが見当たりません…
そう、ブリッジを止めるネジが見えないようにしてあるのです!
これはレミがクレヨンのムーブメントにおける「アイコン」として、特徴的な機構によりフォーカスするためとして考案した新しい構造を使用しているためです。
彼はエンジニアなので「理論先行」かな?と思っていたのですが、その後、「神の手」ダミアン・スーリスに師事して時計師として組み立ても行えるようになり、最初のプロトタイプは自分で組み立てたと伺ったときは本気さを感じました。
構造としてはシンプルで、ベゼルで隠れる外周部分に「仮留め」用の小さなネジが設けられておりこれを使って固定した状態でひっくり返し、「本留め」用のネジは文字盤側からブリッジに対して留める構造です。
すなわち、通常のムーブメントとはオスメスが逆の構造になっており、ブリッジ側にネジが切られています。
位置決め用のノックピンもネジ同様文字盤側が凸、ブリッジが凹になっており、3本が三角形状に配置され、重心がネジ位置になるように配置される機械のセオリーに忠実な構造です。
初めて聞いたときは突拍子もない構造だと思いましたが、ノックピンは地板を削り出すときにCNCで一括で作ることができますし、地板に破損しやすい雌ネジを切らなくて交換が比較的容易なブリッジ側に切るというのは結構いい構造なのではないかと思えてきます。
ネジ頭を磨くよりもネジそのものを見えなくしてしまえばいいという根本的解決と言えるかもしれません。
文字盤側の構造とカレンダー機構。
何カ所か大きな穴が開いているように見える部分がブリッジを止めるためのネジ穴です。
カレンダーはシンプルカレンダーで、年5回の月末処理が必要ですが個人的には合わせやすく、「主題」がブレないので好きです。
カレンダーのブリッジも三角形状に配置されたネジで三点留めされています。
複数の異なる高さレイヤーを持つ複雑な地板、これはコンピュータ設計の成せる業だな…と思います。
計時輪列は4分の3プレートではないですが、香箱から4番車までを1枚のプレートで押さえる構造で、特に2番車には昨今では珍しい大きさの石が使われています。
香箱から2-4番車。
香箱には遊星歯車による巻き止めも設けられ、ゼネバ機構が破損しやすいという問題に対してシンプルな解決策を取っています。
ゼネバ機構と同様にシンプルな2つの歯車で構成される巻き止め。
写真では理解が難しいため、CAD図で見てみましょう。
ピンによって角穴車の回転に同期する19歯の太陽歯車とゼネバ機構の従動歯車に相当する18歯の遊星歯車が用いられ、香箱が遊星キャリアになります。
太陽歯車は1か所だけ歯底が浅くなっている箇所があり、遊星歯車は通常の歯先が低くなっており1歯だけ本来の高さの歯先になっている歯があります。
図で示されているのは太陽歯車の浅い歯底と遊星歯車の通常の歯先の組み合わせで、この場合は回転することができます。
太陽歯車の通常の歯底と遊星歯車の高い歯先の組み合わせも通過することができます。
つまり、太陽歯車の浅い歯底と遊星歯車の高い歯先が噛み合ったときにのみ歯車が回転することができなくなり、回転がブロックされることになります。
太陽歯車が19歯、遊星歯車が18歯なので、太陽歯車が1回転するたびに遊星歯車の高い歯先は1歯分進み、解けきった状態で浅い歯低と高い歯先が当たって停止している状態からスタートした場合、およそ19周で再び浅い歯低と高い歯先が当たることで巻き上げをブロックし、巻き止めとして機能します。
断続的に噛み合う(≒必要トルクが変動する)ゼネバ機構と異なり、この方式では常に歯車が噛み合っているため必要トルクは一定になります。
また、スロット部分ですべりが多いゼネバ機構と違い歯形を適切に選べばすべりも最小にすることができます。
約19回転で86時間パワーリザーブのやや高速回転の香箱は4.48時間/1回転、薄く長い主ゼンマイを使うことでよりトルク変動を抑制、相対的に低いトルクは高速回転によって補います。
このゼンマイは解けきった状態から20周以上巻くとトルクが急上昇するため、その前に巻き止めによって巻き上げを停止させます。
高速香箱にあわせ、2番車のピニオンも大きめです。
ピニオンが29歯、香箱が130歯なので、4.48時間/1回転、更に29は素数なので、香箱の歯と同じ歯が噛み合う周期が最大化、まんべんなく嚙合わせることで不均一な摩耗を減らす効果を狙っています。
計算上の周期は29×130で3770歯分で1周期が巡り、これは香箱側の回転数で29周(同じ数をかけて割ってるので当たり前なのですが…)、すなわちパワーリザーブよりも長い周期なのでパワーリザーブ中は同じ組み合わせにならず均一に噛み合っているとみなしてよくなります。
これも均一なトルクを伝達するための工夫とのこと。
文字盤側、サファイアディスクが通過するためのレールが見えます。
統合設計により重なりを減らしてコンプリケーションと比較的大きな香箱を持つ計時輪列を押し込んでいます。
リュウズのポジションは3ポジション、通常位置が巻き上げ、1段引きで日付の修正(両方向)、2段引きで時合わせです。
2段引きでパラメータ(日付・緯度・経度・UTCからの時差)だったパラメータセレクタ方式と違い、1段引きでデイトなのは少し気になりますが、普通の時計と同じになったと思えば良いのかもしれません。
CADで見たときは新しいコンストラクションの効果は正直未知数でしたが、実物になると思った以上にシンプルでいいなと思えます!
コートドジュネーブの入れ方は異なっていますが、ほぼ設計通りに完成していることが分かります。
CADを見ながらディスカッションしたのは2019年の7月、ムーブメントのチラ見せが今年の2月なのですごいスピードでプロジェクトが進み、今回発表できたのは本当に喜ばしい。
バーゼルのスケジュールは大概でしたが、これのためなら行けたなと思いつつ、実機が見られることを祈って。
関連 Web Site
Krayon, mécanismes horlogers suisses(英語サイト)
https://www.krayon.ch/en/accueil
参考資料 国立天文台 暦計算室
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/
参考資料 海上保安庁 海洋情報部 日月出没計算サービス
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/automail/sun_form3.html
Noble Styling
http://noblestyling.com/
日本語で表現するのであれば、前作エブリウェア(Everywhere)が「どこでも・至る所に」に対し、「どこか」と言うニュアンスが一番適切でしょうか。
本来であれば、バーゼルでお披露目となる予定ではありましたが、昨今の状況ではそれはかなわず、メールとチャットベースでレミ(創業者のRémi Maillat)にインタビューした実機写真とメカニズムの詳細、そしてプレスリリースでも触れられていない新しいムーブメントコンストラクションについてレポートします。
詳細については後ほど見るとして、まずは実機写真を。
クレヨンを特徴づけるコンプリケーション、日の出・日の入りを可視化し、24時間表示と重ねて表示する外周部のリングが特徴的です。
エブリウェアは中央のダイヤルが分のみを表示するレギュレーター相当で、時刻を読み取るためには外周部の24時間表示を読む必要がありましたが、エニィウェアではパラメータ表示が省かれた表示のシンプル化に伴い、中央部が通常の時分針となりました。
逆に24時間表示はアロー状の表示から太陽型になり正確にポイントするよりも視認性と分かりやすさを重視した表示になっているようです。
より斜めから見るとディスクが重なる様子が分かるかと思います。
エブリウェアはサファイアクリスタルディスクが3枚(24時間針、日の出、日の入り)でしたが、エニィウェアでは2枚(日の出、日の入り)になり、24時間針は金属で作られた針部分のみとなりました。
これと機構のシンプル化によりエブリウェアのケース高さ11.70 mmに対し、ケース高さ9mmと更に薄型化することに成功し、ケース径も42mmから39mmに小径化、日常的に使えるドレスウォッチのサイズにコンプリケーションを詰め込みました。
過去に所属していたグランメゾンでハイコンプリケーションであっても装着感が悪い時計は時計ではないという事を学んだレミの面目躍如です。
手巻きムーブメントは上半分にメインの計時機能を配置し、下半分にコンプリケーションを配置した完全統合設計。
古典を追をわせる板バネタイプのコハゼ、プレートを大きくとりメカニズムを安定させるデザイン…ですが、何か違和感を感じないでしょうか?
後ほど触れるので、その前に是非とも考えてみてください。
特許を取得したエブリウェア譲りのサンライズ・サンセット機構。
もちろんレバーやカム部分はきちんと磨き込まれています。
今回、「ジュウ渓谷の名匠」に師事し、仕上げについて学んだというレミ、過度に装飾的ではないヌーシャテルのスタイルは保ちつつ、各部の質はより向上しているようです。
さて、メカニズムの詳細を見ていきましょう。
エブリウェアについては過去の記事、全体とUTCからの時差と経度から経度0度からの補正値を求める部分と緯度とカレンダーから経度0度の日の出日の入り時刻を求める部分にレポートしましたが軽く振り返ります。
基準となっているのは1年で一周するプログラムカムで、これには緯度0度における日の出・日の入りの時刻が記録されています。
これは主に地球の公転軌道が完全な円ではないことで決まるパラメータです。
次に地球の地軸が傾いている影響で、緯度によって日の出・日の入りの時刻は変化します。
以前も引用した国立天文台 暦計算室 暦Wikiより、日の出入りの早い場所・遅い場所を。
春分の日・秋分の日は地軸に対し太陽が垂直になるため、緯度によらず日の出・日の入りの時刻は同じになります。
もっとも地軸が傾くのは夏至と冬至で、夏至では北へ行くほど日の出は早く、日の入りは遅くなり、冬至はその逆、南へ行くほど日の出は早く、日の入りは遅くなります。
この緯度によって夏至と冬至で逆方向に変化するという特性を表現するのがカムを夏至と冬至を結んだ軸に平行移動させる調整機構です。
これにより、夏至と冬至に最大になる緯度による日の出・日の入りの時刻変化をモデリングしています。
これの値をレバーで読みだすことにより、経度0における日の出と日の入りの時刻が求まりました、経度はよりシンプルで24時間で1周(360°)地球が自転すると考えると経度が15度進むごとに1時間ずつ日の出・日の入りの時刻がズレることになります、これを足してやればOKです。
しかし、そのままでは時刻がUTC基準になるため、UTCからの時差を足し合わせてやればローカルタイム基準での日の出・日の入りの時刻が求まります。
これが、エブリウェアがカレンダー・緯度・経度・UTCからの時差という4つのパラメータを必要とした理由です。
ダイヤルからすべてのパラメータを設定するためにラチェット・カム・水平クラッチを応用したパラメータセレクタと4つの差動歯車機構と言う複雑な機構を備えていました。
さて、エニィウェアはどうでしょうか?
結論から言ってしまえば、「時計師のみが調整する」と言う前提に基づき、機構を大幅にシンプルにしました。
エブリウェアは日の出・日の入りの時刻の計算そのものを行う部分よりもパラメータを設定・表示するための機構、そしてそれを足し合わせるための差動歯車機構の方が複雑な印象がありましたが、エニィウェアはカレンダーのみユーザー調整可能(これは当たり前)にし、残り3つのパラメータは時計師(納品またはオーバーホール時)によってセットする前提になっています。
赤色の部分が緯度を設定するラックとヨークを組み合わせた部品、エブリウェアでは1年で1回転するディスクへ外部から差動歯車で位置情報を送っていましたが、エニィウェアでは直接回転させることで設定します。
青色の部分が経度とUTCからの時差に相当する補正時刻を足し合わせる設定用ネジ、足し合わせる値自体は同じなのですが、日の出用と日の入り用を分けて配置することでよりシンプルにしています。
ここも差動歯車で補正値を足し合わせるのではなく、筒カナの様な摩擦クラッチで直接歯車を動かして設定することで大幅にシンプル化しています。
「ラックとヨーク」と呼ばれるコア機能のパーツ。
十字状に穴が開いた部分に工具を差し込んで回転させ、カムを直線移動させます。
ダブルナットの要領でネジ山にテンションをかける機構が設けられており、設定後は回転しないようにロックすることができます。
カムに当たるレバー部分に基準線が切ってあり、ここに合わせて設定するようです。
見てわかるようにケースバックを外してしまえばアクセス可能な位置にすべてが揃っているため、調整は容易です。
エブリウェア同様、機能ごとにまとめてブリッジを分割する機能的な構造になっています。
コアパーツを構成するのが以前「チラ見せ」したパーツです。
これはヨークを構成するラックの垂直軸を支持するパーツでした。
マッチ棒の先との比較。
さて、調整が時計師しかできないのであれば古典的日の出・日の入り表示と何が違うのか?と思われるかもしれません。
これは、「調整のみでOKで部品製造はいらない」という事です、古典的な機構では緯度・経度・UTCからの時差相当のパラメータがすべてが一体となったカムとして実装されており、場所を変えるためにはカムを新造して置き換える必要があります。
例としては以前機構を探ったしたVCのコンプリでは「シンガポール」と記されたカムが搭載されており、対象とする地域によってカムを製造して交換しなければいけないことを示しています。
旅行時にもユーザーが設定できるエブリウェアほど気楽ではないですが、引っ越しぐらいであれば充分対応可能でよりバランスをとった感覚だと言えると思います。
その代わりに文字盤側にパラメータ表示などがなく、シンプルにまとまっているという魅力を考えると私は充分アリだと思います。
さて、最後はムーブメントコンストラクション、すなわち構造について。
違和感に気が付きましたでしょうか?
普通なら当然あるべきものが見当たりません…
そう、ブリッジを止めるネジが見えないようにしてあるのです!
これはレミがクレヨンのムーブメントにおける「アイコン」として、特徴的な機構によりフォーカスするためとして考案した新しい構造を使用しているためです。
彼はエンジニアなので「理論先行」かな?と思っていたのですが、その後、「神の手」ダミアン・スーリスに師事して時計師として組み立ても行えるようになり、最初のプロトタイプは自分で組み立てたと伺ったときは本気さを感じました。
構造としてはシンプルで、ベゼルで隠れる外周部分に「仮留め」用の小さなネジが設けられておりこれを使って固定した状態でひっくり返し、「本留め」用のネジは文字盤側からブリッジに対して留める構造です。
すなわち、通常のムーブメントとはオスメスが逆の構造になっており、ブリッジ側にネジが切られています。
位置決め用のノックピンもネジ同様文字盤側が凸、ブリッジが凹になっており、3本が三角形状に配置され、重心がネジ位置になるように配置される機械のセオリーに忠実な構造です。
初めて聞いたときは突拍子もない構造だと思いましたが、ノックピンは地板を削り出すときにCNCで一括で作ることができますし、地板に破損しやすい雌ネジを切らなくて交換が比較的容易なブリッジ側に切るというのは結構いい構造なのではないかと思えてきます。
ネジ頭を磨くよりもネジそのものを見えなくしてしまえばいいという根本的解決と言えるかもしれません。
文字盤側の構造とカレンダー機構。
何カ所か大きな穴が開いているように見える部分がブリッジを止めるためのネジ穴です。
カレンダーはシンプルカレンダーで、年5回の月末処理が必要ですが個人的には合わせやすく、「主題」がブレないので好きです。
カレンダーのブリッジも三角形状に配置されたネジで三点留めされています。
複数の異なる高さレイヤーを持つ複雑な地板、これはコンピュータ設計の成せる業だな…と思います。
計時輪列は4分の3プレートではないですが、香箱から4番車までを1枚のプレートで押さえる構造で、特に2番車には昨今では珍しい大きさの石が使われています。
香箱から2-4番車。
香箱には遊星歯車による巻き止めも設けられ、ゼネバ機構が破損しやすいという問題に対してシンプルな解決策を取っています。
ゼネバ機構と同様にシンプルな2つの歯車で構成される巻き止め。
写真では理解が難しいため、CAD図で見てみましょう。
ピンによって角穴車の回転に同期する19歯の太陽歯車とゼネバ機構の従動歯車に相当する18歯の遊星歯車が用いられ、香箱が遊星キャリアになります。
太陽歯車は1か所だけ歯底が浅くなっている箇所があり、遊星歯車は通常の歯先が低くなっており1歯だけ本来の高さの歯先になっている歯があります。
図で示されているのは太陽歯車の浅い歯底と遊星歯車の通常の歯先の組み合わせで、この場合は回転することができます。
太陽歯車の通常の歯底と遊星歯車の高い歯先の組み合わせも通過することができます。
つまり、太陽歯車の浅い歯底と遊星歯車の高い歯先が噛み合ったときにのみ歯車が回転することができなくなり、回転がブロックされることになります。
太陽歯車が19歯、遊星歯車が18歯なので、太陽歯車が1回転するたびに遊星歯車の高い歯先は1歯分進み、解けきった状態で浅い歯低と高い歯先が当たって停止している状態からスタートした場合、およそ19周で再び浅い歯低と高い歯先が当たることで巻き上げをブロックし、巻き止めとして機能します。
断続的に噛み合う(≒必要トルクが変動する)ゼネバ機構と異なり、この方式では常に歯車が噛み合っているため必要トルクは一定になります。
また、スロット部分ですべりが多いゼネバ機構と違い歯形を適切に選べばすべりも最小にすることができます。
約19回転で86時間パワーリザーブのやや高速回転の香箱は4.48時間/1回転、薄く長い主ゼンマイを使うことでよりトルク変動を抑制、相対的に低いトルクは高速回転によって補います。
このゼンマイは解けきった状態から20周以上巻くとトルクが急上昇するため、その前に巻き止めによって巻き上げを停止させます。
高速香箱にあわせ、2番車のピニオンも大きめです。
ピニオンが29歯、香箱が130歯なので、4.48時間/1回転、更に29は素数なので、香箱の歯と同じ歯が噛み合う周期が最大化、まんべんなく嚙合わせることで不均一な摩耗を減らす効果を狙っています。
計算上の周期は29×130で3770歯分で1周期が巡り、これは香箱側の回転数で29周(同じ数をかけて割ってるので当たり前なのですが…)、すなわちパワーリザーブよりも長い周期なのでパワーリザーブ中は同じ組み合わせにならず均一に噛み合っているとみなしてよくなります。
これも均一なトルクを伝達するための工夫とのこと。
文字盤側、サファイアディスクが通過するためのレールが見えます。
統合設計により重なりを減らしてコンプリケーションと比較的大きな香箱を持つ計時輪列を押し込んでいます。
リュウズのポジションは3ポジション、通常位置が巻き上げ、1段引きで日付の修正(両方向)、2段引きで時合わせです。
2段引きでパラメータ(日付・緯度・経度・UTCからの時差)だったパラメータセレクタ方式と違い、1段引きでデイトなのは少し気になりますが、普通の時計と同じになったと思えば良いのかもしれません。
CADで見たときは新しいコンストラクションの効果は正直未知数でしたが、実物になると思った以上にシンプルでいいなと思えます!
コートドジュネーブの入れ方は異なっていますが、ほぼ設計通りに完成していることが分かります。
CADを見ながらディスカッションしたのは2019年の7月、ムーブメントのチラ見せが今年の2月なのですごいスピードでプロジェクトが進み、今回発表できたのは本当に喜ばしい。
バーゼルのスケジュールは大概でしたが、これのためなら行けたなと思いつつ、実機が見られることを祈って。
関連 Web Site
Krayon, mécanismes horlogers suisses(英語サイト)
https://www.krayon.ch/en/accueil
参考資料 国立天文台 暦計算室
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/
参考資料 海上保安庁 海洋情報部 日月出没計算サービス
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/automail/sun_form3.html
Noble Styling
http://noblestyling.com/
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