ミラード・フォース・レゾナンス 答え合わせ

 By : CC Fan
ロンドンで開催されているサロンQPにて、ミラード・フォース・レゾナンスが正式発表されました
共振するテンプ部分だけを見て立てた予測に対して答え合わせと、機構を分析したいと思います。
本当は開発者の方にお話を伺って完全に理解してから分析したかったのですが、都合でイベントに参加することがかなわなくなってしまったため、現在明らかになっていることだけをベースに分析したいと思います。

レイアウトに関して、"8時・10時位置にテンプ、9時位置にスモールセコンドの代わりに"音叉"というレイアウト"、"鏡像的なレイアウト"という予想は当たっていましたが、文字盤が今までのコレクションとは逆方向にオフセットしたより小型なものになったのは予想外でした。
また、共振現象を起こすための振動をヒゲ持ち(バランス・スプリング・スタッド)から取り出すという構造も当たっていました。
しかし何より予想外だったのは"ミラード・フォース"の名前が示すように、力学的に鏡像反転するという構造です。

ミラード・フォース

ムーブメントを一瞥してわかるように、リュウズから延長した線を軸とした対称的なレイアウトがとられています。
このレイアウトだけであれば既存の共振現象を活用した時計でも見られる構造です。



ムーブメント キャリバーARF15

注目すべき新規性は"ミラード・フォース(Mirrored Force=鏡像反転した力)"の名前が示す通り、力の伝達(=輪列の回転方向)も対称になっていることです。
ガンギ車を拡大すると、回転方向が逆になっていることが分かります。


二つのガンギ車(上側は時計回り・下側は反時計回りに回転)

力を対称にすることは共振を起こすために必須ではないでしょうが、対称にして力の授受の条件が互いに等しくなった方が有利であろうとは考えられます。
同じ方向に回転している場合は回転方向に対して順方向・逆方向で条件が変わってしまうため、僅かな差が出てしまう可能性があります。
この副作用として、同じ位置に針を取り付けた場合、片方の輪列では反時計回りになってしまいます。
それを表しているのが秒針です。


二つの秒針(上側は反時計回り・下側は時計回りに回転)

ガンギ車と4番車は逆向きに回転するため、4番車同軸の秒針も同じです。
そのため、上側の秒針は反時計回りになっています。
ただ、時分針は一組しかなく、上側の輪列は時分針表示に関わっていないと思われる(後述)ため、特に問題にならず、下側の輪列が表示、上側の輪列は共振して精度を保つ役割を担っています。
秒針だけ二組あるのは二つの秒針がずれていないことで共振していることを確認するためと、輪列の条件を揃えるためだと思われます。

秒針にはクロノグラフと同様のハートカムとリセットハンマーを用いたゼロリセットメカニズムが備えられており、プッシャーによって同期してリセットすることができます。
秒針に加え、"対になったバランスホイールを同時にゼロにリセットします"とのことですが、これは何かわかりません。
ストップセコンドのような仕組みで定位置でテンワを停止させるのかと思って探したのですが、それらしい部品は見当たりませんでした。

さて、輪列が二つありますが、おそらく時分表示に使っているのは下側のみです。


文字盤裏部分の拡大

対称な穴石配置で、中心の大きな穴石のうち、下側には歯車が見えますが上側には見えません。
これが時分針を駆動する輪列に噛み合っていると思われ、下側のみを表示に使っているという根拠です。
輪列が二つあるので誤差を平均化するために差動歯車で結合しないのかと思いましたが、そもそも誤差を平均化というより強制的に同期させる作用は共振が行っているので差動歯車を入れても機能が被りますし、場所も食うのでシンプルに片方からだけ取り出すという考えになったのではと思います、対称性が崩れますが上側の輪列に何か追加で負荷がぶら下がっているかは判断できませんでした。

回転方向が逆と言う事は、巻き上げの方向も逆になり既存のダブルバレルのように一枚の歯車で連結はできません。


巻き上げ部分の拡大

おそらく同一サイズの中間車3枚を使い、丸穴車→中間車1→中間車2→下側の角穴車という順で下側が巻き上げられ、中間車2→中間車3→上側の角穴車で反転した回転で上側が巻き上げられると思われます。
巻き上げ輪列全体は直結しているため、逆転防止のコハゼは上側の角穴車にのみつけられています。

ここまでで、力まで鏡像反転したミラード・フォースとその実現方法を見ました。
次は共振を実現するためのレゾナンス・クラッチ・スプリングについて考察します。

レゾナンス・クラッチ・スプリング

既存の例では共振は空気の振動や地板を伝わる振動によって発生していると考えられます。
ミラード・フォース・レゾナンスでは振動を伝える専用デバイスとしてレゾナンス・クラッチ・スプリングという部品を備えています。


レゾナンス・クラッチ・スプリングと二つのテンワ

スプリングの根元はビスで止められ、秒ダイヤルと同心円になる部分・ケースと同心円になる部分・音叉状の形状を持った部分を滑らかにつないだような形状をしています。
場所によってわずかに厚みが変わっていたり、複雑な形状なためシリコンなどの新素材とリソグラフィで作られているのかと思いましたが、伝統的なスチール素材を使っているとのことです。
音叉部分から分岐したクリップ状の部分に三角形の部品がつけられヒゲゼンマイの外端が取り付けられるヒゲ持ち(バランス・スプリング・スタッド)になっています。
通常はブリッチに取り付けられるヒゲ持ちを別部品にして連結したような作りですが、組み立て性が心配になるような入り組んだ構造に見えます。
音叉状になっているのは共振周波数以外の周波数をフィルタして共振させないようにする選択性を持たせるためではないかと予想されます。
スプリングとは言うものの、ヒゲゼンマイに比べればはるかに硬そうなため、通常のヒゲ持ち並みの強度はあり、本当に微小な振動のみ伝えるような設計ではないでしょうか。
そのためか、停止時からの同期に10分、外乱からの復帰に2~3分程度はかかるそうです。

公式見解なのかは不明ですが、テンワを接近させることで共振を起こすF.P.ジュルヌのクロノメーター・レゾナンスをブティックで拝見させていただいた際は停止から5分程度で同期すると言う事でした。
また、その際に二つのテンワの音が耳で聞く限り完全に同期していました。
クロノメーター・レゾナンスも同様に二つの独立した輪列を用いていますが、回転方向は同一であり、片方の輪列を地板ごとラック&ピニオンで動かせる構造になっておりテンワを接近させて共振状態にしています。
また、時分表示も二組あり、デュアルタイム的に使えます。

方法の優劣は私などではわかりませんが、同じ現象を使うにしても色々な実現方法があるのはとても面白いと思います。
少なくとも、実現できるメーカーはほとんどない共振という現象を使いこなし、製品に生かせる技術力があると言う事は素晴らしいです。

全体の印象

今回発表されたのは四元素をモチーフにしたケースのうち、ローズゴールドケースのFireのみです。

ムーブメント自体が極めて手間のかかるものなので、先ずは貴金属ケースからと言う事でしょうか。
ラインナップを見るとトゥールビヨンでもFireの後に四元素を出しているので今後はSSやTiケースも期待できます。

機構的な面を除いても個人的には既存のピースより好印象です。
針のデザインがあまり好みではなかったのですが、今回のものは相対的に小さくなっているためあまり気にならなくなりました。
ただ、このデザインであってもドーナッツ状の文字盤と同じく分針はインデックスの部分に届かせた方が良いのではと思います。
ムーブメントの裏面にあったテンプなどもすべて表側に持ってきているので、裏側が寂しいとはいえ、表面もバランスがとれておりそこまでうるさい感じはしません。
文字盤は一部にスモールセコンドが食い込んでいてインデックスがなくなってしまっていますが、視認性も十分だと思います。

今回は無理でしたが、いつか実物を拝見したいものです。

関連 Web Site

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プレスリリース(図版はここからトリミングして使用)
https://news.arminstrom.com/en/detail/251-mirrored-force-resonance/

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