グルーベル フォルセイ ダブルテンプ ユニークな輪列とスフェリカル・「コンスタント」・ディファレンシャルを探る

 By : CC Fan

2018年のSIHHで実機を拝見
したグルーベル フォルセイのダブルテンプ(DOUBLE BALANCIER)、実機レポートの時点で「ふんわり理解」として二つのテンプの平均を取りながら同調させるスフェリカル・「コンスタント」・ディファレンシャルについて書きました。
その後、スイス取材紀行で6本だけ作られた「先代」を拝見、こちらはコンスタントではないスフェリカル・ディファレンシャルによって二つのテンプの平均化のみを行います。



今回、某所でこの機構に対する議論が行われ、識者とお話させていただくことができました。
その中で色々理解が進むともに、思い込んでいたことなども明らかになり、クリアになりましたので改めてレポートします。



輪列自体は立体的な構造で可視化されているため、一見すると簡単にわかりそうです。
ただ、真ん中にある歯車が普通の時計と同じく2番車(1時間に1周)と考え、追っていくと「何かがおかしい…」と気が付きます。
4分間で1周する7時位置のディファレンシャルに直接噛み合っているため、2番車だとすると速度が合いません。
改めてニュートラルな目で見直しましょう。



ケースバックから見える穴石の配置、斜めから見た歯車の重なり加減から導き出した輪列レイアウトと回転方向、トルクデリバリーの流れを正面図に重ねたものが、この図になります。

香箱からの出力はオフセット配置された2番車に伝わり、デフ伝達用とスモールセコンド用に2枚に分離した3番車に伝わります。
スモールセコンド用3番車はインダイレクト駆動のスモールセコンドを60秒で1回転させます。
センターにあるのはデフ伝達用の3番車であり、反時計回りに回転しているのでこれは表示を駆動するためではなく計時のみに使用されます。

デフ伝達用3番車とほぼ1:1の比率で噛み合うのがデファレンシャル(4番車相当)で、4分で1回転し、2つの5番車に動力を分配、独立した脱進機を動かします。
3番→4番の間でほとんど変速していないので、回転速度的には4番車と5番車と呼ぶのは不適切かもしれませんが、「1番車(香箱)からの順番」という意味合いで番号を振りました。

ディファレンシャルの前にそもそも輪列がユニークな構造で、一般的な時計の輪列の常識が通用しないように見えます。



同じ情報をケースバック側に重ねたものがこの図です。
香箱からオフセットした2番車、センターのデフ用3番車、7時位置のデフ(4番)で分割して二つの5番車…と言う構造までは穴石の配置でわかります。



文字盤側にブリッジがあるため、ケースバック側からは穴石のみが見えるシンプルなムーブメント構造。
よく見るとトルクが大きい(回転が遅い)ところほど軸が太いのが分かります。

さて、ディファレンシャルの構造の前にセンターに配置されているのが3番車という事は、ここにツツカナを取りつけても分表示にはなりませんし、そもそも回転方向が逆になってしまいます。
ではどうなっているか?という事を見てみましょう。



目立たないように3番車を押さえる中間ブリッジがあり、デフ用3番車は中間ブリッジで押さえられ、その上に表示用輪列が組まれている2階層の構造になっています。
3.2時間で1回転する香箱に噛み合う表示用2番ピニオンが1時間で1回転し、時合わせ用の摩擦クラッチ(ツツカナ相当)を経由して分針が取り付けられます。
ツツカナから日の裏車で12:1に減速してツツ車が駆動され、これが時針になります。

一見すると通常の2番車センターと思わせながら、ユニークな構造です。



表示用2番ピニオンは他の歯車に比べると目立たない色ですが、別の角度から見るとその存在がはっきりします。
香箱の歯(1番車)をうまく避けてレイアウトされていることが分かります。



正面から見ると保護色の様に溶け込んでいる表示用2番ピニオンを発見するのは難しいかもしれません。
中間ブリッジも目立たないようになっているため、上下に分かれているのではなく、ひとつの同軸構造の歯車があるだけ…と判断してしまいそう…というかしてました。



別角度から見ると日の裏車に噛み合うピニオンが辛うじて確認できます。

さて、意外にユニークなセンターホイールの構造も明らかになりましたが、ここまでは「前座」に過ぎません。
デフ用3番車からのトルクはスフェリカル・「コンスタント」・ディファレンシャルに入力され2つの回転に分配されます。

それぞれの部分を理解するために、まずは概要を確認、次にスフェリカル・ディファレンシャル、すなわち差動歯車としての動き、最後に「コンスタント」の部分、すなわち補正バネによるトルク補償の仕組みを追うという順序で見ていきましょう。



3枚のほぼ同じ速度で回転する1入力・2出力の4番車が重なった構造になっており、センターが入力で上下に出力が配置されています。
ユニット全体を支える軸は入力のもので、出力歯車は歯車に設けられた穴石で入力の軸に取り付けられています。
そのため、取り付けられた針(4分計)は入力歯車の回転を示しています。

また、後述する「コンスタント」動作をするために入力4番車軸と出力4番車の間には補正用のひげゼンマイが接続されています。



スフェリカル・ディファレンシャル(球状差動歯車装置)とはどのようなものでしょうか?
自動車のデフギアとほぼ同じ差動歯車機構で、出力歯車に取り付けられたコニカルクラウンギア同士を入力歯車に取り付けられたコニカルピニオンギアが連結している構造です。

この機構により、入力の1つの回転を2つの出力に分配することができます。
動作を追ってみましょう。

まずは二つの出力間に回転数の差がない同相モード動作です。
入力が回転し、出力1と2の軸トルクが均衡し、ピニオンが回転しないと仮定します。
入力の回転に合わせてピニオンが移動し、その分だけ出力も回転します。


次に2つの出力の回転数に差が発生した差動モード動作です。
入力に対して出力1が余計に回転したとすると、その回転量はピニオンの回転を発生させます。
この回転により、出力1の回転と方向が逆で同じ量だけ出力2が回転します。

同相モードと差動モードと分けていますが、実際には同時に重ね合うように動作するというのは以前(クラーレオシロン)したとおり、結果として入力=(出力1+出力2)/2という関係で成り立つ動作が実現されます。
これは2つの独立した脱進機に独立した回転を供給したうえで、その回転量の平均値を取っているという動作になります。

さて、ここで問題になるのは回転は確かに平均化されるという事が分かりましたが、ではトルクは?という問題です。
トルクは入出力の回転数の比を変数とする関数で定義され、入出力の条件に依存します、これは等価的に変数比が条件によって変化しているような条件だからと見做すことができそうです。
これにより理想的には1:1で分配したいものの、それが実現できるわけではなく、またトルクが1:1で分配できたとしても発振器・脱進機のバラつきによって発振周波数が一致するわけではないという問題発生します。

通常の差動歯車による分配は「同じ構成である程度、均一な負荷なのでバランスするはず」という前提に基づいていると考えられます。
例えばグルーベルでも「コンスタント」がついていないスフェリカル・ディファレンシャルによる分配はクアドラプルトゥールビヨンに使われています。

今回この部分にメスを入れたのが「コンスタント」の部分、回転量差に対して補正トルクによる帰還を返すという方法です。



改めて見てみましょう。
入力4番車の軸と出力4番車1の間に補正用ヒゲゼンマイが取り付けられ、入力と出力の回転量の差に応じたトルクが出力4番車に加わるようになっています。
これは、出力が入力より速ければトルクは減少、逆に遅ければトルクが増加する方向に働きます。



出力2にも同じものが設けられています。

これは「回転数の差に比例したトルクを差動出力に足し合わせる」という動作に他なりません。
では、これがどのような効果を生むと言えるのでしょうか?

理想的にはテンプの発振周波数は常に一定ですが、現実的には入力トルクTに対し、発振周波数Fがある程度変動する感受性があると考えられます、なぜならこれが変動しないのであればダブルバレルやコンスタントフォースでトルクを定力化する必要はないからです。

このFが変動するのであればこの差を検出してこれが一定になるように制御してやればよい…と言う発想が生まれます。
ただし周波数を直接比較するのは困難ですので、時間で積分し回転数に変換し、それを比較した結果を補正の入力に使えばいい…と考えると先程の「回転数の差に比例したトルクを出力に足し合わせる」動作が使えます。



いきなり結果をブロック線図で書くとこうなります。
テンプは入力トルク(T:Torque)に対してある周波数(F:Frequency)を出力する変換装置としてモデリングされ、その瞬間周波数を時間で積分(積算)したものが回転量(R:Rotation)になります。

2つのテンプ1と2の回転量R1とR2の差が回転量誤差Rerror(error:誤差)であり、このRerrorを補正バネのバネ定数でトルクに変換した補償トルクTcomp1とTcomp2(comp:Compensation:補償)が分配されたトルクに足し合わされテンプの入力になります。
2つあるループはどちらも誤差を入力に戻して(帰還させて)補正する負帰還として働き、Rerrorが0になるように制御します。
未知としているトルク分配が変動したとしても最終的にRerrorが0になるようにこのループが補正を行います。
また、T→Fの変換もおそらく非線形ではありますが、帰還ループが発散する条件を満たさなければ非線形であっても補正が可能です。

片方のテンワから見るともう片方のテンワを基準にして自分の周波数(の積分)をそれに合わせていく…と言う動作を相互にしています、これによって二つの誤差が補正され同じ周波数に近づくという一種の同期(レゾナンスと言っていいかは不明)が起こると考えられます。

また、「コンスタント」ではない差動装置ではRerrorの計算部分とTcomp生成部分がないためトルク分配のずれがそのままテンワの周波数変動に加わることが分かります。

つまり、単純に二つのテンワの平均を取って誤差を打ち消すだけではなく、より積極的に同期させようとする試みがスフェリカル・「コンスタント」・ディファレンスなのだと理解しました。
補正用ヒゲの厚みを見るに、かなりの補正トルクを発生させそうで、どれぐらいか今度聞いてみたいものです。



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