パテック フィリップ 6301Pのソヌリムーブメントをさらに「推測」する(ソヌリの起動システム編)

 By : CC Fan

渾身の「推測」記事だったパテック フィリップ 6301Pのソヌリムーブメントを「推測」する、の記事。



いつもの「ややこしい技術」記事ですが、題材が題材なだけにアクセスが良いようで、なんと2021年3月21日現在、週間ランキング一位を頂くことができました、ありがとうございます。
前回の記事では二つの特許技術のうち、ステップセコンドを実現するCH707181A2だけを引用しましたが、ソヌリモードに関する特許、CH706080B1を読むことで、ソヌリの仕組みをより詳細に理解できましたのでレポートします。

ソヌリは独立した香箱を持ち、あらかじめ巻き上げられたエネルギーを必要に応じて解放することで鐘打ちを行う仕組みで、必要に応じてスライダで巻き上げるミニッツリピーターとはこの点が異なります。

前回と多少被りますが、ソヌリの仕組みを見ていきましょう。




ソヌリ香箱から加速輪列は終端の慣性ガバナで調速され、特定の速度で回転するようになります。
この定速回転を輪列の途中から駆動軸として文字盤側に取り出し、ソヌリの動力とします。



ソヌリの時刻情報を読み取るラックには常に駆動軸からのトルクがかかっていますが、起動シーケンスで一瞬この力が切り離され、各ラックに設けられているスプリングによってラックがスネイルに突っ込み、「戻り量の大きさ」として時刻情報を読み取ります。
その後、再度駆動力が接続されるとラックが引き戻され、距離に応じた回数の鐘が鳴ることで時刻を知らせる…というのがソヌリの基本原理です。

この「切り離す」仕組みをより詳細に見てみようというのが今回の趣旨になります。



特許CH706080B1、「Clock element e.g. wrist watch, has striking mode selection mechanism comprising cursor mounted to slide in back and forth movement on periphery of case between positions corresponding to striking and silent modes」の図です。
今まではソヌリのグランドソヌリとプチソヌリの切り替え、ソヌリ動作とサイレントの切り替えはそれぞれ独立したスライダが必要だったのに対し、1つのスライダで切り替えられるようにしたことがメリットのようです。



そのままではわかり辛いと感じたので、色分けをしてそれぞれのレバーの役割を字入れしました。

リュウズから伸びた手動起動レバー、分針のカムから伸びた自動起動レバー、アワーを読み取るラックとスネイル、自動起動をコントロールしソヌリとサイレントを切り替えるレバー、アワー読み取りをブロックしグランドとプチを切り替えるレバー、そしてそれらをまとめて設定するモード設定レバーになっています。



方向を合わせて実機写真と比較すると微妙に異なっています。
これは、この特許が公開されたのは2013年8月の事であり、175周年記念ピースのグランドマスターチャイム5175R-001に使うために開発されたもので6301Pはその進化だという事、そもそも論として特許に100%正確な図面を載せているわけではないという事が理由として考えられます。

早速シーケンス制御の部分での「切り離す」仕組みを見てみましょう。


まず、鳴り終わって次の起動を待っている待機状態の確認します。
紫色のディスクには駆動輪列から反時計回りの回転力がかかっています、アワー・クオータ・ミニッツの軸は直接噛み合うのではなく、オレンジ色のラチェットに経由でディスクから駆動力を受け取っています。
鳴り終わった状態ではラックが行き止まりに引っかかっており、これ以上回転はしません。
この状態は力がかかっているものの、回転はできない状態です。



先ず自動起動を見てみます、起動レバー(17)がラチェット車を(6)を僅かに押します。
すると、ラチェット車上に建てられたピンがオレンジのラチェットの爪を押し上げることで、紫のディスクとアワー・クオータ・ミニッツの間の連結が切り離されます。
連結が切り離されることで、それぞれのラックに取り付けられたスプリングの力でラックがスネイルに突っ込み読み取りを行います、直後にフリーになったことで紫のディスクの回転が始まり、ラチェットが二タピ噛み合い、ラックが引き戻される方向に駆動され時打ちが行われるという仕組みです。
スプリングの強さよりも引き戻す力の方が強いため、引き戻すのは特に問題なく行えます。

「僅かに押すことでラチェットを外して駆動力を遮断し突っ込ませる」という仕組みのため、毎回巻き上げる(ゼンマイの駆動側が露出している)ミニッツリピーターよりも原理的に安全です。
手動の場合も自動起動同様、ラチェット車を僅かに押しますが、レバーは手動用の別のもの(マゼンタのレバー)が用意されます。

ミニッツリピーターは動作中にゼンマイを巻き上げる二度引きは高確率で内部構造が破損しますが、ソヌリのこの構造であれば、シーケンスがリセットされ最初から鳴りなおすだけで破損には至らないと考えられます、もちろんやらないに越したことはないですが…
ソヌリとリピーターも同じで、ソヌリ中にリピーターボタンを押した場合、シーケンスがリセットされ再びアワーから鳴りだすでしょう。

さて、起動させる方法は分かりました。
あとはこれを15分毎に自動的に起動してやればソヌリ(グランド・プチ問わず)が実現できます。



学校ソヌリで見たような、分針(筒カナ)に取り付けられたクオーターカム(5)が15分に1回レバーを落としてソヌリを起動させる方法です。
サイレントに切り替えた時にコントロールレバー(65)が読み取り部と起動レバー一式を退避させ、不必要な摩擦を低減します。
読み取りレバーの構造を見るとカムが逆回転でレバーにあたっても力を逃がして大丈夫な構造になっており、さすがの安全対策です。

次はグランド・ソヌリとプチ・ソヌリの切り替え…ですが、そもそもグランド・ソヌリとプチ・ソヌリの違いは何でしょうか?

グランド・ソヌリは常に時刻の単音+クオータの和音が15分おきに鳴ります、プチ・ソヌリは時刻の単音が鳴るのは正時(0分)だけで、それ以外のクオータ(15分・30分・45分)はクオータを表す和音のみが鳴ります。
この前提条件からはむしろ「素直」なのは毎回同じ動作をしているグランド・ソヌリで、プチ・ソヌリは何らかの追加機能が必要と考えられるでしょう。


これを実現するレバーがアワー読み取りブロックレバーです。
レバー(51)がアワーラックがアワースネイルに落ちるのを阻害し、アワーの鐘打ちを無くします。
正時以外はこのブロックが働きますが、正時はクオーターカムに取り付けられたピン(51)がレパーを押し上げてブロックを解除するため、時刻も読み取られ鳴ります。
手動起動時もマゼンタ色の手動起動レバーが同様にブロックを解除するため、時刻も鳴ります。

二つの内部状態、自動起動のON/OFF、アワー読み取りブロックのON/OFFをそれぞれ切り替えれば、ソヌリ⇔サイレントとグランド⇔プチの切り替えが行え、古典では二つのスライダを設けたものもあります。
が、利便性を考えれば1つのスライダでコントロールできた方がより良いでしょう。


それを設定するのが3ポジションの設定用スライダです、3ポジションを2状態×2に変換し、それぞれのレバーに指令を送ります。
サイレント時のアワーブロックは、手動起動時はレバーによって解除されるのでどちらでも良いと言えば良いのですが、摩擦を減らすためにはOFFにしておくほうが良いという事でしょう。

グランドマスターチャイムではこれに加え、表示用カムを上に重ねることで針によって現在のモードを表示すします。
特許書類にはこのモード表示針も記されていましたが、今回は割愛です。

パワポに使った着色済み特許書類も何かの参考になるかもしれませんので、掲載します。


グランド・ソヌリ。


プチ・ソヌリ。


サイレント。


全景。

最後にグランドマスターチャイムのムーブメント、300 GS AL 36-750 QIS FUS IRMとの構造を比較してみましょう。


ムーブメント側から見てみます。
基本的な構造は同じに見えますが、永久カレンダープレートに設けられた日付を鐘打ちで知らせるデイトリピーターに動力を供給するための軸、カレンダーに24時間情報を伝える歯車、文字盤側のカレンダーの軸、時刻リピーターとの排他制御を行うためのピン?、そしてハンマーの駆動をデイト側から行うためのピンが追加されています。
グランドマスターチャイムで触れられていた「差動歯車機構」により、駆動軸からの動力を分岐させ、デイトリピーターの動力としています。
排他機構により、どちらか片方しか動かないので、差動歯車は切替機構として働きます。



文字盤側も構造は同じに見えます。
グランドマスターチャイムのコンプリケーションの一つ、「リピーターによるアラーム機構」はアラームによってソヌリの手動起動(ミニッツリピーターモード)を起動させることで実現しているようです。

改めてグランドマスターチャイムの動画を見てみましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=yIXPplShtg0
(埋め込み不可なので、YouTubeでご覧ください)

編集長が撮影した6301Pと比較し、クオータの鳴り方が異なっているように見えますが、これはクオーターラックの爪プログラム次第なので大きな差異ではないと考えられます。

この「ラチェットによる駆動力の切り離し」、理解してから見ると意味不明だったソヌリも分かりやすくなるのではないでしょうか。
ブルガリ(ダニエルロート)のソヌリも昔は全く分かりませんでしたが、これを理解してから見るとなるほどと思います。



ラチェットによる駆動力の切り離しの様子も見えます。

このほか、基本構造から変えているのもあり、情報がもらえれば更なる「続報」もあるかも…?


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